第5話 正騎士になるために⑤
どうやら俺達以外には残すところあと3人だったらしい。幸いなことに相手のうち、2人は剣士だった。そして矢に魔術を加えたであろう魔導士が後ろに控えている。
もし魔導士が多数が混じっていたら、キーマもさすがにどうしようもなかったかもしれない。軽く安堵した矢先、剣士の片割れが怒りを含んだ声音で言い放った。
「お前、なんで他人なんか守ってるんだ? これは試合なんだぞ」
「ん? そっちには関係ないと思うけど?」
相手は間違ったことは言っていない。試験の最中に、真剣に試合をせずに何をやっているのかと主張したいのだろう。やられたヤツなど放っておけと。
こちらとて
でも、今はタイミングが最悪だった。あいつには俺が必死に治療をする姿や、地面に転がる小さな金属の輝きが見えていないのか、それともその意味を知らないのか――。
「真面目にやれよ!」
「……
文句を付けてきた剣士は、俺の呟きに「何だと?」と聞き返し、より近くにいたキーマは溜め息を吐いて構えていた剣を下ろして数歩離れた。要約するなら「だから言ったのに」か。しかし、相手は全く伝わらなかったようである。
「な、どういうつもりだ? 試合を放棄するつもりか?」
「黙れっつってんだろ!!」
「う、わあぁっ!?」
きつく睨み付けて声を限りに怒鳴ったと同時に、ヤツの足元からざばあっと大量の水が噴き出した。低い悲鳴を上げきる前にすっぽりと包み込まれてしまい、そいつはがぼがぼと泡と化した息を吐き出しながら水中で暴れ回った。
「お前に構ってる暇なんざ
全身が煮えたぎったみたいに熱い。なんとかギリギリのところで保っている理性でココの治癒だけは継続していたけれど、心の中は赤黒い感情でいっぱいだった。
他の対戦相手達が、目の前で起きた現象に「ひっ」と顔を強張らせる。特に魔導士には起きたことの
キーマが呆れ顔で「まだ
「ヤルン、そこまで。死んだら失格だよ」
「あ、あぁ」
再び激しい水音がして、水の玉が崩れて四方に飛び散る。包まれていた「敵だったもの」は、急に解放されたことでうまく態勢を保てずに尻餅を着き、大いに咳き込んだ。
俺は呼吸を整えてから「どうするんだ」と顔も見ずに問うた。見たらまた
「……ま、負けを、認める」
恐れを含んだ返事を聞いてすぐに、試験官にココを医務室へ運ばせて欲しいと願い出たのだった。
「知らせてきたよ。戻ってこなくて良いってさ」
「おう、さんきゅ」
数時間後、日が暮れかけた頃合いの赤っぽい医務室。血や薬品の匂いが充満する室内では、無事に処置をして貰えたココがベッドに横たわっていた。俺はその脇に腰かけ、目を覚ますのをじっと待っている。
彼女を医者に任せて会場に戻ろうとしたら、大量の魔力を消費しているから休んでいくように指示されてしまった。
確かに、詠唱なしで無理やり術を発動させたせいもあって全身が怠かった。それが安定するつい先ほどまでは、隣に寝かされていたのだ。
「ったく、なんつう試験だよ。マジで毎回やってんのか?」
「あはは、正気の沙汰じゃない感じだったよね」
他のベッドや椅子もやられた奴らで溢れかえっていたし、俺達の試合は一戦目だったから、その後の試合でも患者はどんどん増えていった。
「試験の結果、どうだろうね?」
キーマが言うので、「さぁ?」と首を捻って応える。
「お前とココはともかく、俺はどうせ失格だろうな」
「え。ちゃんと試験官に断ってから移動したんだから、退場扱いにはならないでしょ」
そうじゃない。問題は全く別のところにあるのだ。捻った首を左右に振り、「違う」と呟いた。
「カフスだよ。治療のためだって言っても、勝手に取ったら王都のルール的にアウトだろ」
「あー」
「……すみません、私のために」
会話が聞こえたのか、ココがうっすらと
「いや、俺が勝手にやったことだし。気にすんな。試験はまた受ければ良いだけの話だしな。今度は最初から全力で全員をブチ倒してみせるぜ」
へっと笑ったら、キーマに「単に倒すだけじゃ合格出来ない気もするけどね」と冷静にツッコまれてしまった上、ココにも意外なことを言われてしまった。
「今回、もし私だけが合格していたとしても、辞退します」
はぁ? 何を馬鹿なこと言い出すんだか。呆気に取られていると、彼女は先ほどよりしっかりしてきた表情で「だって」と零し、こちらに顔を向けた。
「悪いのは周囲への警戒を怠った私です。こんな情けない有様では納得出来ません。ヤルンさんと一緒に受け直します」
「周りを見てなかったのは俺も一緒だろ?」
「……」
3人の間に重い沈黙が降りる。まぁそこまで言うのなら止めないし、好きにすれば良いさ。お姫様には「どういうことよ」ってまた叱られそうだけどな。
……といったことをココに伝えようとしたら、慌ただしく怪我人の治療にあたっていた新人魔導医のイリクが、包帯や消毒液の瓶を手にしながら言った。
「3人とも、もしかして知らないの?」
「『知らない』って、何をだよ」
「カフス……魔力を抑える魔導具は、騎士団員は緊急時には外しても良いんだよ。見習いも含めてね」
『え』
……なんですと? ぽかんと口を開けていると、彼は更に説明を付け加えた。
「騎士の特権の一つだよ。入団式の時にきちんと説明があったと思うんだけど」
「に、入団式? そんなもんあったか?」
「私達は中途採用でしたから、参加していませんね」
ココの言葉に、キーマも「入団試験を受けてないくらいだし?」と言う。
……ぬおおおぉっ。隊長、そんな大事なことは、最初にちゃんと教えといてくれよ。さっきのシリアスな空気が物凄く恥ずかしいっ、誰か時間を巻き戻してくれぇっ!
《終》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます