第5話 正騎士になるために③

「……」


 はぁ、過去の出来事に憤っていても仕方がないよな。頭を振って嫌な気分を打ち消し、さっと周囲に目を配る。すぐ近くには長剣使いと槍使いがいて、その少し向こうには魔導士が立っていた。

 ちなみに全員男……というか、今回の20人の中では女子はココ1人しかいないようだ。もともと数が凄く少ないのだから仕方ない。


 その彼女やキーマとも結構離れてしまったから、直にやり合うとしたら何人かを倒してからになる。途中でやられる心配もしていないし、となればいつかはブチ当たることになるよな。気合い入れないと。


 つか、さっきから凄く視線を感じるんだけど。もしかして、普段からなんのかんのと目立っている俺を真っ先に潰そう、とか考えてたりする? べ、別に俺だって悪目立ちしたいわけじゃないっつの。


 大部分は師匠と姫と不可抗力のせいだ、なんて弁解しても聞いてくれないだろうな。などと考えている間にも初期の配置決めが終わり、例の試験官が輪から外れ――。


「始めッ!」


 その声が朗々と場に響き渡った瞬間、予想通り長剣使いも槍使いも一気にこちらへ突っ込んできた。やっぱりか! 二つの鋭い切っ先が、俺の腕や足を目掛けて空気を裂きながら滑り込んでくる。


 魔導師を相手にするなら、詠唱される前に攻撃するのが最も有効な手段だもんな。その際にノドを狙えれば一番なのだが、今回は命を奪えないからその手は使えない。

 だったら、他を痛めつけて少しでも妨害しようって腹積もりだ。実際、普通の魔導師相手ならそれが常套じょうとう手段だろうぜ。……だがな。


『来たれ!』

「なっ!?」


 ぎぎっ、カンッ! 俺は先に迫ってきた剣先を己の剣で受け止めて弾き返し、後ろへ大きく跳んで槍先も交わす。攻撃を仕掛けてきた2人は、俺の手にあるそれの輝きと予想だにしない展開に目を剥いていた。

 まぁ驚くだろうな、何も持っていなかったはずの魔導師が剣で反撃してきたら。もちろん、剣は例の術で呼び寄せた俺の新しい相棒だ。


「どうして……」


 茶髪の剣使いが呆然とした顔で呟くが、詳しく解説してやる義理も時間もない。こちらは驚かせて敵を止めることには成功したものの、まだそれだけなのだ。所謂いわゆる猫だまし戦法みたいな、ただの一時しのぎである。

 武器の扱いにかけては本職の2人を相手に戦えるキーマみたいな実力が、自分にあるとは考えられなかった。


『たゆまぬ水よ――』


 というか、わざわざ同じ土俵に上がる意味もないし。……こっちはな、時間さえ稼げれば良いんだよ!


『我がつるぎに宿りて敵を退ける力に!』


 硬直した数瞬が命取りだったと気付いたのは、剣使いと槍使い、どちらが早かったのか。それを確かめる前に、俺は口の中で唱えていた術を完成させると同時に、携えた剣を思いきり振り抜いていた。


「ぐッ」

「ぅわっ!」


 水が宿ったことで薄く光る刀身からは、飛び散る飛沫しぶきのように青い衝撃波が生まれ、剣使いを、そして間髪入れずに槍使いをも吹き飛ばす!

 威力は抑えてあるから、多少服や皮膚が切れたとしても死ぬことはないはずだ。へっ、便利だろ、術を解くまで無詠唱で何度でも使えるんだぜ? ……なんて余裕を見せている場合じゃなかった。


「げっ!」


 やや離れた場所にいた青いローブの魔導士がいかづちを放ってきたのだ。俺は咄嗟に剣で受け止めようとしかけ、すぐに最悪の対処方法だと気付いた。

 鋼鉄で出来ている剣で受けること自体も馬鹿な行為だし、しかもその上に今は水を纏わせているのだ。こんなもので受け止めたら全身、感電待ったなし!


『か、風よ! ……っ』


 頭上を走り寄る黄金こがね色の刺突を、ギリギリのところで風を生むことで矛先を逸らすも、急ごしらえの術は完璧ではなかった。幾らかはその壁を突き破って届いてしまい、ビリビリと体が痺れる。


「く、こいつ!」

「ぎゃあっ」


 それでもなんとか耐えきり、剣を振ってその魔導師も一撃の元に黙らせた。まだたった3人を倒しただけなのに、もうこんなに息が上がっているとは、我ながら情けない話だぜ。


「えぇと、戦況はどうなってるんだ?」


 ひとまずのところは、もう襲ってくる人間がいないことを確認して大きく息を吐く。自身に軽い治癒をかけてから全体を見回した。皆、俺と同じく、まずはもっとも近い場所にいた相手とやりあっているらしい。


 向かって左奥ではキーマが剣を振っていた。すぐ近くに剣使いがいたのだろう。

 俺が見た瞬間には刃ではなく柄の先で相手の腹をガン! と突き、追い打ちとばかりに蹴りを入れていた。その慈悲のない猛攻ぶりに、周囲の者たちは尻込みをしているように見える。


「……わぁ」


 あいつ、いつもは「虫も殺さない」みたいな顔してるから誤解されがちだけど、やると決めたら躊躇ためらわないからなぁ。俺もしばらくは近付くのやめておこうっと。


 そう思い、右向こうを見遣ると、ココが自身に結界を張りつつ寄ってくる男達と戦っていた。というと誤解を招きそうだが、少なくともあぁいう場面で男側を応援する者はあまりいまい。

 いつもながら美しく硬い結界は、きっと開始の合図の前から準備していたものだろう。


「そっか、『逃亡』と『殺し』以外の禁止事項はないんだよな。ちぇっ、俺も仕込んでおけばよかった。……おおっ?」


 自分の間抜けぶりに怒っていると、なんとかココをその結界から出そうと、剣で切りつけたり術を放ったりしていた数人が、急にバタバタっと地面に倒れ伏した。


 その周囲で戦闘中だった者達が異様な光景に押し黙る。何が起きたか分からないようだったが、俺にはすぐにピンときた。きっと「眠り歌」を歌って聞かせたのだ。


「魔術歌」は非常にマイナーな部類の魔術だ。

 存在そのものを知る者が少ないし、もしかしたらあの晩餐会に出席していれば、勘のいい術者なら防げたかもしれないものの、あの場に居たのは女性のみ。

 こりゃ、対戦相手にとっちゃあ八方ふさがりってやつだな。


「行くか」


 自分の理想は己だけの力でこの戦場を制すことだけれど、試験官は「合否は各々の判断力で決定する」と言っていた。ならば、少しでも勝率の高そうな作戦を実行した方がポイントも上がるはずだ。

 俺は、遠目には狂戦士にしか見えないキーマを放置し、魔力の影響を防ぐ術を自身に施しながらココの方へと走った。


退けっての!」


 途中、襲い掛かってくる者も、他とやり合っていている最中のヤツらも、水を得た剣による青い衝撃波でまとめて蹴散らしながらガンガンと突き進む。

 ん、なんでそんなに簡単そうなのか? 魔導師が剣で攻撃してくる絵面えづらにビックリした瞬間を狙うからである。皆口を開けっ放しにするところを見るに、よほど予想外なんだろうな。


 そういえば俺にも覚えがあったっけ。前に師匠と戦った時、魔導師とも老人とも思えない剣捌けんさばきを見せ付けられ、文字通り度肝を抜かれたのだ。

 恐らくはあれと同じ心境だろう。ま、それもあくまで一時的な効果だろうがな。

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