第5話 正騎士になるために②

 なんだよその恐ろしい予定は。メインの旅行よりよっぽど大事おおごとだ! それに俺みたいなド庶民がお貴族様の家にお邪魔したら、粗相して憤慨ふんがいされて婚約破棄されちまうんじゃねぇかな?


「王族命令みたいなものだし、ココのご両親には破棄の権限なんてないと思うけどねぇ」


 キーマは冷静に分析してくるも、全然フォローにはなっていない。つか、完全に外堀が埋められてる!


「今更だね? 仕事や訓練ばっかりしてて何も考えてないヤルンが呑気過ぎでしょ。もう諦めて観念するしかないね」

「観念って」


 結婚ってそんな諦観ていかんっぽい気持ちでするものなのか? 俺の想像とあまりにもかけ離れ過ぎていて、リアクションに困るんだが。


「それで、王都に帰ってきたらなんですけど」

「まだ続くのかよ! ……分かった、もう良い。で?」

「住むおうちを探しましょうね」

「い、家ぇ!?」


 いきなりのデカい買い物に面食らいつつ聞き返したら、ココは笑顔でこっくりと頷いた。


「ヤルンさんは、どんなところが良いですか?」


 いや、急に『どんな家に住みたいか』とか言われても、それこそ考えたこともなかったぜ。でも王都に家かぁ。考えようによっては一人前みたいな感じで、ちょっと格好良いかも?

 ま、豪邸に住む気は最初からないけど。……ん?


「そうしたら、使用人も雇わなきゃいけないんじゃないのか?」


 俺は別にそんなものは要らないが、ココは貴族なのだし、お手伝いさんのような人が居た方が良いのではと思ったのだ。けれども、彼女はきょとんとした。


「いえ、お食事やお風呂は寮を出ても、これまで通りお金を支払えば頂けますし。お休みの日には私も料理を作りますよ?」


 ココの手料理……。響きは素敵だし、実際上手いのも知っている。ただし、いわゆる魔術料理なんだよな。よし、家選びの最上位の条件は「頑丈さ」に決定だ。キッチンだけじゃなくて、いざという時に備えて全体的にな!


「じゃあ、掃除は? 仕事や訓練で、毎日夜も遅くなるだろうし」

「お掃除は好きですよ。それに、手が足りなかったら分身さんにお願いすれば大丈夫です!」


 あぁ、なるほど。って、それじゃあ完全に魔術屋敷だ。2人とも魔導師なんだから当然といえば当然なのか? またしても常識を頭の隅から引っ張り出そうとしていたら、キーマが脇で変な決断をしていた。


「ということは、2人とも騎士寮を出ちゃうんだ? だったら、自分だけ残っても空しいし、すぐ近くに住もうっと」

「はぁ? お前は住むところじゃなくて、彼女でも探せば良いだろっ」

「あはは。ところで結婚式はどこでやる予定?」


 スルーすんな! ほんっと、いつまで俺の人生にくっ付いてくる気だ、コイツは。せっかく寮を出るなら、俺達じゃなくて弟妹のいる魔術学院の傍に住めっての。

 俺は溜め息を吐いてから、「そんなの、スウェルに決まってんだろ」と応えた。


「私達の家族は、全員あちらにいますもんね」


 それも、もちろん大きな理由には違いない。呼び寄せようとすると負担をかけてしまうしな。しかしだ、俺には他にもっともっともーっと重大なわけがあった。


『重大なわけ?』


 ココとキーマは思い当たらないのか、声を揃えて聞いてくる。お前ら、本当に気付かないのか? 少し考えたら分かるだろうに。


「王都なんぞで式だの披露宴だのを開催してみろよ。『あの人』が会場まで乗り込んでくるかもしれないだろッ!」


 キーマは「あー」と納得の表情になり、ココも「それは……困りますね」と視線を伏せた。あの人、それはトンデモ姫のセクティア様だ。知らせたら絶対に参加させろと言ってくるはずである。

 が、そんなわけにはいかない! 直属の護衛とは言え、いち騎士(になる予定)に過ぎない俺達の結婚式に、王族を招待出来るはずもないのだ。


 ひょこっとでも顔を出された瞬間、参加者の全員が混乱や恐慌状態に陥り、式は強制終了することだろう。完全にただの妨害工作である。なんとしても防がなければ!


「な? いっそ秘密裡ひみつりに終わらせてしまいたいくらいだぜ」

「それはさすがに難しいと思いますよ?」


 うぐぐ、前に祝いがどうとか言ってたし、変なもの送って寄越さねぇだろうな……?


 ◇◇◇


 はたして「休憩」だったのか非常に怪しい時間を過ごし、昼食を済ませて実技試験会場である屋外訓練場に向かってみると、受験生の騎士見習い達が集まっていた。


 皆それぞれ得意とする武器を手に、緊張気味の表情でぼそぼそと会話を交わし合っている。午前中は手ぶらだったキーマも、午後はきちんと腰に剣を帯びていた。


 なお、参加する上で服装は自由とのことだったため、午前と違ってローブを着ている魔導士もちらほらと見受けられた。俺とココは騎士見習い服のままだけどな。


「どんな試験だろうな」

「筆記試験は普通だったし、実技も入団試験と似たような感じかな?」

「どうでしょう」


 キーマが言い、ココが首を捻る。入団試験は同じ武器を扱う騎士との試合だったが、正騎士試験が全く同じ形式だとは俺にも思えなかった。



「集合!」


 すると、やがて試験官である騎士が数人やってきた。受験者全員を呼び集めて適当に20人を選出する。その中には俺達3人も含まれていた。

 んん? そんなことして一体、何を始めようってんだ? 疑問を抱いて指示を待っていると、壮年の試験官ははっきりと宣言した。


「他の者は下がるように。これから、この20人で戦闘を行う!」


 ざわざわっ! 見習い達は激しく動揺し、「何だって?」、「本当かよ」などと騒ぎ始める。そりゃそうなるよな、俺だってビックリだ。

 思わずすぐ傍にいた2人に目を向けたし、2人もこちらの顔を複雑な表情で見詰めてきた。他のやつはともかく、毎日一緒にいて互いの力を知り尽くしている相手との戦いはやりにくいのだ。


「静かに。騎士たるもの、乱戦に身を投じることもある。この試験ではそうなった場合を想定し、各々の判断力を見せて貰う。……決して、勝敗そのものが重要なのではないことを肝に銘じておくように」


 うわ、更にハードルを上げられたな。勝ち負けで合格か不合格かが決まる方が、とにかくぶっ飛ばせば言い分、分かりやすくて楽なのによ。うーん、乱戦時の判断力ねぇ。どう戦ったもんだかな……。


 しかし、きちんとした方針が決まる前に訓練場の中央に呼ばれてしまい、そこから互いにある程度の距離を取らされた。くそ、こんな短時間で良い作戦なんて思い付くかよ。こうなったら出たとこ勝負しかないか!


「禁止事項は特に設けていないが、訓練場から離れ過ぎた場合は逃亡と判断し失格。また、万が一にも命を奪ってしまった者も失格とする」


 おい、今チラっと俺を見なかったか? だから、俺は誰も殺してないってば。前の模擬戦の「あれ」は完全な濡れ衣だっての!

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