第5話 正騎士になるために①

 正騎士試験も入団試験と同じ会場で、同じく筆記試験から始まった。

 入団試験の時と違うのは、受けられるのが現在の騎士見習いのみだという点だ。だから、受け付けは出身と所属と名前の確認だけであっさりと済んだし、参加者も比較する必要もないくらいに少なかった。


 数日前の、あの祭りのような騒ぎが嘘みたいだ。

 レストルや護衛役のメンバーは、俺達が抜けた分の穴を埋める必要もあって来られなかったが、昨日「頑張れ」と声をかけてくれた。彼らの期待に応えなければ嘘ってもんだろう。



「時間は45分とする。……始め!」


 名前順で席に着き、開始の号令と共に机上の紙をめくる。ペンを取って、縦長の用紙の左上に名前を書き込み、一通り上から下までざっと確認したところで「おおっ」と声を上げそうになった。

 驚いたことに、問題の内容が事前に予想した通りだったのだ……! こんなことって、本当にあるんだな!


 まずは騎士の心得について問われ、その下に自分なりの言葉で意味を記していく。王族へ捧げる忠誠や、国や民への献身といった、騎士として持つべきこころざしってやつだな。


「……む」


 俺の場合は、主人であるセクティア姫へ忠誠を捧げなきゃいけないんだろうけど、……どうだろうな? 命を賭して守る「主人」というよりは、雑多な仕事をバンバン振ってくる「雇用主」感が凄いんだよなぁ。


 実際にやらされてきた内容も、本業の護衛以外に「カフス(の石)製造」と、魔力検査のための「握手会」、フィクションが多分に含まれた「体験談の執筆」、そして旅行の前準備という名の「魔導具の布作り」……。


 ざざざっと挙げてみたら、八割くらい「騎士」の仕事じゃなかったな! とにもかくにも、かつて自分が描いていた理想とかなり違うのは確実である。

 ちなみに体験談は第二弾の終盤に突入していて、ココにバレてからは事前チェックが入るようになった。ってどうでも良い情報か。


「はっ」


 駄目だ、今はよそ事を考えている場合じゃなかった。問題もんだい! えぇと、次はなんだ?


 心得の下はユニラテラ王国の法律に関する問いかけだった。何をやらかせばどんな犯罪になるかを記すものがほとんどで、これも兵士上がりの俺にはそこまで難しいものではなかった。

 要するに、ヤバい奴はどんどんしょっぴけば良いってことだ。……いや、俺じゃねぇから。フリでもないから。


「よしよし……」


 更にその下は、少々意外なことに計算問題だった。武官とはいえ、あまりにおバカな騎士は頂けませんって意味かな? ちなみに、毎月々々師匠の予算管理をしている自分には楽勝である。

 身構え過ぎていたのか肩透かしを食らった気分だ。これならココは当然として、キーマも余裕でクリアしてくるだろう。


「お、もう次が最後か」


 呟いて、問題の文面を指先でなぞると、少しデコボコしていた。その先には空白が広がっていて、出されたテーマについて自由に記述するようだった。


 そしてテーマは「将来の展望」……そんなもん、「魔剣師にして王都一の騎士」に決まってるだろ!?

 俺はインクが飛び散らないように気を付けつつも、抱いた夢について制限時間ギリギリまで書き殴ったのだった。



「はー、疲れたな……」

「緊張しましたね」

「まだ筆記が終わっただけなのにね」


 会場の出入り口からは、試験を終えた見習いたちがゾロゾロと吐き出されてくる。バラバラに座らされていた俺達も合流し、互いの試験の出来具合について確認し合っていた。


「ヤルンはどうだった?」

「へっ、あんなの楽勝だっての。お前こそ、最後の目標は書けたのかよ」

「え? あぁ、あれ。『剣の腕を磨き、主人の盾となるべく励む』みたいなことを書いたけど?」

「うわ胡散臭っ! 嘘つき大会かよ」


 反射的にそうツッコんだら、キーマは「書いた者勝ちだって」などと、およそ騎士らしからぬセリフを吐きやがった。試験官に向かって大声で暴露してやろうか。……飛び火してきそうだから実行はしないが。

 なお、ココは「一流の魔導師になり――」という昔から変わらぬ夢を、俺みたいに書き込みまくったみたいだ。


 実技試験が行われる午後までにはまだ時間があった。そのため、ココの提案で昼食の前に少しだけ庭園にでも寄り、一休みしようかという話になった。

 足を運んでみると、以前3人でパンをかじったアーチ下に人の気配はない。俺はココを美しい模様が彫り込まれたベンチに座らせ、自分はキーマと共に花壇のふちに適当に腰を下ろした。


 ……その途端の出来事だった。


「ヤルンさん」

「ん?」


 ココは手を胸の前で組み、何故か夢見がちな瞳で俺の名前を呼んでくる。それからビックリするような言葉を言い放った。


「私達、試験に合格して正式な騎士になったら……結婚しましょうね!」

「え? ぅええぇ!?」


 キーマがポカンとした顔で「それって正式なプロポーズってこと?」と聞き、彼女は笑顔で「はい!」と返事する。 いやいや、待てまて! こんな大事な時になんつー爆弾を投下してくるんだ!?

 そっ、そりゃあ婚約はした、というかさせられたというか、だけど!


「他にはそれらしいこと、何もしてないだろ。こういうのって、もっと色々とステップを踏むもんじゃないのか?」

「というと?」

「で、デートしたりとか、2人きりで食事したりとか……」


 うわ、想像したらとんでもなく恥ずかしくなってきた! なんでこんなことをこんな時にこんな場で俺が言わされなきゃいけないんだよっ。

 するとココは真剣な表情で自分とそういうことがしたいのかとストレートに聞いてきた。……え、それはまぁ。


「俺だって男だし、してみたいと思ったってバチは当たらないだろ……?」

「分かりました。でしたら何度でもお付き合いさせて頂きます」


 ま、マジで?


「もちろんです! 未来の旦那様のご希望ですからね」


 なんと、試験の休憩時間にデートの約束を取り付けてしまった。嬉しくないといえばウソになるが、俺は何をやってるんだ?

 こちらの頭はほとんど真っ白に近いというのに、ココは頼もし気に、どーんと自らの胸を叩き訳の分からないことを言ってくる。


「それに大丈夫です。計画なら、ちゃんと立てていますから。私に任せて下さい!」


 とても誰かの嫁になる話には聞こえないぞ。というか「計画」って何だよ? めちゃくちゃ不安だ。彼女は叩いた手の人差し指をぴんと立て、その「計画」とやらについて話し始めた。


「フリクティー王国から帰った時にも、スウェルには立ち寄りますよね?」

「まぁ、関所があるからな」


 面倒だからスルーしてしまいたいが、王族連れといえども関所を通さずに入国すると、もっと面倒なことになるだろう。それは分かる。で、スウェルがなんだって?


「セクティア様達を王都にお届けしたら、一緒にヤルンさんのお家にご挨拶に行きましょうね。もうお手紙なら送っておきましたから」

「は? ご、『ご挨拶』? 手紙なんていつの間に、ってかマジで送ってたのかよ!」

「当然じゃありませんか」


 全身汗だくになりながら問いかけたら、真面目な顔で返されてしまった。


「家族になるんですから、ご挨拶は大事ですよ。その後は私の家にも寄ってくださいね。家族にもご紹介したいですし、はりきってお持て成ししますから!」

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