第4話 縫い合わされる布・後編
何の前触れもなく、突然「王族が行くから諸々備えておけ」とか言われて、田舎者の地方領主があたふたしないわけがない。
直接言葉を交わしたことはないにしても、温厚そうな領主サマだったし。「セクティア姫・被害者の会」の堂々たる仲間入り決定だろうぜ。そのまま殿堂入りしてもいいくらいだ。
「とにかく、水晶を王都中から買い込んでおいて正解だった。これからも出先で見かけたら買っておくことにしようっと」
「もう製造元に買い付けに行くか、材料を集めて自分で作ったら?」
俺が今後に備えるべく重大な決意を固めたら、キーマに言われてしまった。
「あぁ? 作れ、だぁ?」
「だって、もうすでにカフス職人みたいなものじゃない」
「うぐっ。か、カフスに関しては石を作らされれるだけだし」
「今は布もこうして作ってるし?」
「……うるさいな。俺は魔導具師じゃねぇんだっつの。ついでに言うと、いつかは一流の魔剣師になる男な!」
魔剣師、つまり剣の腕もばっちり磨いて、マスターの称号を取るってことだ。両方の資格を持っている人の話はまだ聞いたことがないし、実現はまだまだ先かもしれない。
だが、俺にとっては凄腕の剣の使い手になるのが、騎士になることと同じくらい大事な夢なのだ。諦めるつもりはさらさらない。
「ふーん、執念深いんだね」
「執念て。夢を悪いものみたいに言うなよ。そういうお前こそ、どうなんだ? 目標っぽいもの、見つかったのか?」
『ヤルンの傍に居れば、自分も何か見つけられるんじゃないかなー? って』
キーマはこっそり魔導士になった時に、抱いていた心境をそんな風に吐露した。あの時は、その先を聞かず仕舞いだったけれど、ずっと心の何処かで気になっていたのだ。
「目標ねぇ。どうだろ?」
「お前な……」
「まだまだ駆け出しって感じだし? テトラ先生に教わるのが毎日楽しいってだけだよ」
言いながら、彼は足元をピョンピョン跳ねているテトラに手を伸ばし、ゆっくりとその毛並みを頭から背にかけて撫でた。テトラも布で遊ぶのやめ、気持ちよさそうに目を細めながら素直に撫でられている。
訓練の時はスパルタであっても、同居人なだけあって一人と一匹はなかなかうまくやっているようだ。……ふむ、そうだな。
「なら俺が決めてやるよ、お前の目標」
「ヤルンが?」
「おう。お前の当面の目標は、すばりテトラの主人になることだな」
「ええ? それは幾らなんでも無理だよ」
キーマはビックリして手を止め、テトラが不思議そうに首を傾げた。
使い魔の主人になるには、存在を保てるだけの魔力を与えてやる必要がある。俺の与えた量を越えた瞬間に、「キーマが主人である」とテトラが認識を切り替えるはずなのだ。
「へっ、せいぜい頑張って訓練するんだな」
「だから、一生かかったって出来ないっこないって。それに、ココが……ねぇ」
「あぁ」
そういえばココは、テトラの横に自分の使い魔であるネオンを並べて嬉しそうに笑っていたっけ。キーマが主人になったら悲しむにしろ怒るにしろ、とにかく心中穏やかではいてくれないだろう。
ううーん。こうなったら、もう一匹作るしかないか。あの術、二度と使う機会はないと思っていたのにな。はぁと溜め息を吐き、止まってしまっていた作業を再開する。キーマも気付いて針と布を動かし始めた。
「……なぁ、さすがに今回お前は付いてこないよな?」
「えっ? 当然、行くよ?」
「どこが『当然』なんだよ。大体どーやって行く気だ? お前のご主人の王子サマは今回、留守番なんだろ?」
もっと事前の根回しが出来ていれば家族揃って旅行が出来たのだろうが、発案から決定までは急過ぎた。夫婦が共に城を空けては、公務に差し障りが生じてしまう。
だから護衛役のキーマも共に残ると思っていたら、コイツは親指を立てて爽やかに宣言しやがった。
「任せてよ。こういう時のために休暇はちゃんと残してあるし、申請ももう済ませてあるからさっ」
「んなドヤ顔は要らん!」
うげぇ、連れていく人間がまた増えちまったぞ?
などという、とてつもなく無為な仕事を終え、ココが作った分と合わせて布をお針子達に渡して最後の仕上げを頼んだ朝。
「とうとうこの日がやってきましたね」
建物から外へ出てみると、天気は快晴だった。暑くも寒くもなく、まるで冬の早朝か雨上がりの直後みたいに空気は澄んでいて、庭園の方からは風に乗って甘やかな花々の香りが漂ってくる。
俺は伸びをして肩や腕の凝りを解した。ごりごりと音がする。
「あぁ。縫いもののせいで全然、勉強出来なかったけどな!」
俺はヤケっぱちで叫び、頷く。キーマが、「さぁて、頑張るとしますかー」と覇気の薄ーい決意表明をした。あのなぁ、もっと気合い入れろっつうの。
「騎士になれるかどうかは、今日にかかってるんだぞ!」
「正確には何日かかるか知らないけどね」
「そういう意味じゃねぇよ」
馬鹿なやり取りをしていると、ココがふふっと笑った。皆緊張しているかと思ったが、案外そうでもないらしい。肝が据わっているというか……いや、やっぱり「ヤケクソ」がピッタリくるな。
俺達はそんな心持ちを胸に、試験会場へと繰り出していった。
《終》
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