第3話 入団試験・前編

「うへー、凄い人だな」


 とうとう試験が始まった。入団試験と正騎士試験は数日という期間をかけ、続きの日程で実施されることになっており、まずは騎士団への入団希望者への筆記試験から始まるらしい。


 興味津々で会場まで様子を見に行くと、筆記試験が行われる兵士用の講堂の前は、受付をする希望者達で溢れかえっていた。受付をする担当者と受験者の声によるざわめきが、大波のように打ち寄せてくる。


「はー、壮観。誰でも受けられるわけじゃなかったよね?」


 キーマの確認にココが「はい」と頷いて詳細を教えてくれた。


「兵士として何年か経験を積んだり、魔術学院の出だったりして、とにかくどなたかの推薦が頂けないと受けられないはずですよ」

「ふぅん、推薦ねぇ」


 キーマの含みのある言い方の理由は俺にも分かる。推薦されて初めて受験資格が与えられるなんて、セクティア姫に見習いとして無試験でねじ込まれた俺達のゴリ押しっぷりが際立つよな。


 そりゃ、先輩から「出しゃばるな」とか言われるわけだぜ。まぁ最近はさすがに陰口も叩かれなくなったけど。……単に持て余して困るから、放置されてるだけだったりしてな? うん、落ち込むから考えるのやめようか。


「筆記試験、どんな問題が出るんだろうな」

「さぁ? 受けてないから分からないね」

「試験自体、もう何年も受けていませんもんね」


 師匠と姫のせいで、ある意味で毎日が試験日のような状態と言えなくもないが、きちんとした形式の筆記試験を受けたのは、見習い兵から正規兵になった時が最後じゃないだろうか。


 って何年前だよ、確かあの時は12歳かそこらだったから、ざっと6年か? どんな問題が出たかも覚えてないな。ま、覚えていたって騎士の試験の参考にはならないだろうけどさ。


「おっ」


 その時、人だかりの中に見知った横顔を見つけ、俺は声を上げた。今日は髪をきゅっと固く結っているから良く分かる。ちょっぴり懐かしい兵士服に身を包んでいる彼女は、以前、武具屋で再会した弓使いのルリュスだ。


「おーい、ルリュスー!」

「ん? あ、ヤルン!」


 声をかけると向こうもすぐに気が付いてくれ、人をかき分けながら手を振って近付いてきた。


「よう、受付はもう済んだのか?」


 忙しいのだろうに、気を遣ってくれたのかもしれないと思い聞いてみると、「うん、バッチリ」と返ってきた。にかっと元気よく笑う。調子もすこぶる良さそうだ。


「キーマも久しぶり。あ、えぇっと」

「ココです。お久しぶりです、ルリュスさん」

「久しぶりだね」


 そっか、武具屋に行ったのは俺とキーマだけだったから、ココとは数年ぶりの再会になるんだな。2人は笑みと軽い握手を交わし合った。そこに女性らしさはないけれど、兵士と騎士見習いらしい挨拶だ。


「頑張れよ。絶対に受かれよな」

「当たり前でしょ。そう言うそっちも試験じゃないの?」

「まぁな」

「落ちたら笑ってあげるから」

「落ちるかっ」


 言ってくれるなぁ。でも負けるもんかよ。伊達に毎晩、せっせと暗示歌を歌っているわけじゃないぞ! ……ツッコミ待ちじゃないからな?


「ふん。一足お先に、正式な騎士になってやるぜ」

「ふふん、すぐに追いついてやるんだから」


 売り言葉に買い言葉のような応酬をしながら拳を突き出すと、ルリュスも握った拳をコツンとぶつけてきた。これまでに何度も何度も矢を射ってきた手には硬いタコが出来ている。

 彼女は「そうそう」と何かを思い出したみたいに言った。


「この間、医務室に行ったときにイリクに聞いたよ。ヤルン、婚約したんだって? おめでとう」

「え」


 急に話をとんでもない方向に飛ばされ、口を「え」の形のままにして固まっていると、隣でココが「ありがとうございます!」と満面の笑顔で礼を述べ、頭をぺこりと下げた。

 いや、お祝いされてもだな。婚約の仕方が仕方だったし、理由もいかんともし難い内容だし、正直喜べないというかなんというか……ぐぬぬ。


「そんな大事なこと黙ってるなんて水臭い。武具屋に来た時に教えてくれれば良かったのに」

「そ、それは……」


 なんと返せば良いか分からず、冷や汗をかきつつ逡巡していると、そこに思いもよらない一言を付け加えられた。


「あーあ、こんなことなら出会った時にアプローチしておけば良かったかな」

「えっ」


 なんですと? 今、衝撃発言が飛び出したような? 聞き間違いか……? ルリュスは狼狽えまくる俺を見て、くすっと笑った。


「なんてね」

「だーっ、もう! 人をからかうなよ! ……ほんとに頑張れよな」

「うん、任せて」


 そんなやり取りをしていた時、講堂の方から集合の声がかかり、ルリュスも弾かれたように振り返った。「もう行かないと」と言う彼女に、再度応援の言葉をかけて俺達は別れる。

 小さな背中はすぐに人の流れに呑まれて見えなくなった。にしても、今のアプローチがどうとかいう話……本当にただの冗談だよな?


「はッ」


 良からぬ気配を感じ、咄嗟に横に飛びのくと、ココが俺をがっしりと捕まえようとして失敗しているところだった。ふー、危ない。


「あ、逃げちゃダメですよ」

「馬鹿っ、お前はここで俺を暴発させたいのかっ」


 もしもそんな事件を起こしてみろよ、大事な大事な試験が無期限の延期になりかねないっつの!


「相変わらず仲が良いねぇ」

「あぁ? そんなに魔力をぶち込んで欲しいんだな? 良いぜ、今すぐ全力でプレゼントしてやろうじゃねぇか」

「それもう暴力を通り越してただの拷問だよね?」

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