第9話 歌の調べ②

 握手大会にも使用された大広間は、女性でいっぱいだった。


「その衣装ドレス、素晴らしいですわね」

「貴女こそ、素敵な首飾り。良く似合っていますわ」


 抑え気味の灯りの下、会場内には円卓が無数に並べられ、最奥の舞台に向かって家格順に淑女達が座っている。

 場には生演奏によるとろけるような音楽が流れる。女性達は皆、卓上に置かれた贅を尽くした料理を楽しみながら、誰もが美しく着飾り、それぞれがそれぞれを褒め合う。


「……」


 俺は舞台のすぐ傍である最上位の席に、王妃と共に着くセクティア姫を、近くの壁際から見ていた。隣には同じようにココが立ち、その髪は上部で編み込まれ、派手でない髪留めでとめられている。


 横を向くと普段は見えないうなじが視界に入ってしまい、はっとして目を前に戻す。そういう自分自身も女の姿で、頭に至ってはお団子にされてしまっているのだったが。ぐぬぬぬ……!


『なんで俺が中なんスかっ』

『だから、人手不足を補うためよ』


 一応食い下がってみたのだが、結局こうして会場内担当にされてしまった。なんでだよ、どー見たって男子禁制なのに! バレたらお姫様だって周りから非難されるだろうにっ!

 俺が魔術による女装なんてやらされているのを知っているのは、セクティア姫と夫のスヴェイン王子の護衛役やごく一部の使用人だけのはずだった。


 あぁ、あとは双子もか。王や王妃や兄の第一王子には……どうなんだろう? というか、スヴェイン王子なんて、見るたびに憐れみの表情を浮かべてくるんだよな。

 そんな顔をするくらいなら助けてくれよ。……いや、この夫婦の喧嘩は壮絶だからまずいな。止められない時はそれでも無理っぽいし。どんな嫁だよ。


 自分もいつかココと本当に結婚したら、夫婦喧嘩したりすんのか? そうなったら喧嘩じゃなくて、暴発か戦闘だな。周りは大破間違いなしだろう、なんて勝手に凹んでいたら、こそりとココが耳打ちしてきた。


「どうかしました?」

「いんや。しょーもない想像をして、落ち込んでただけ」

「?」



 心をとろかすような優しい音楽が止み、代わりに盛大な拍手で迎えられたのは、細身の濃紺のドレスを纏った歌姫だった。ココがまたも耳打ちしてくる。


「有名な歌い手さんらしいですよ」

「へぇ?」


 今いる壁際からだと、歌姫の立つ舞台の中央は少し離れている。そのため、はっきりとしたことは分からないが、年齢はセクティア姫と同じくらいだろうか。

 頭の後ろで軽く結い、腰辺りまでに流した紅色の髪と瞳が印象的だった。


「本日はお招き頂き、ありがとうございます」


 彼女は恭しく一礼して挨拶を述べ、脇に控える楽団に目配せをしてから、ゆっくりと歌い始める。


「わぁ」

「綺麗な声ね」


 などといった静かな歓声が、すぐさまあちらこちらから上がった。柔らかい、けれど澄んでいて良く通る声だ。聞いたことのない歌だったけれど、耳に心地よかった。んん、でもなんだか、少し……?


「……あれ?」


 はっとした時には歌は終わっていて、再び拍手喝采となる。「暫(しば)しご歓談を」との声に皆が再び食事に戻った頃、歌姫が王妃達に挨拶をしにやってきた。やはり思った通り、20代半ばくらいのようである。

 っと、ぼんやりしてないで仕事しないと!


「このような素晴らしい席に呼んで頂き、光栄に存じます」


 そう言いながら、ドレスの裾を掴み、そっと腰を落とす。王妃やセクティア姫が「素敵でした」と彼女を褒め、顔を上げるように伝えた瞬間、ふらりとその体が揺れた。


「!」


 一瞬、倒れるかと思ったが、歌姫はなんとかぐっと持ちこたえ、「申し訳ございません」と謝罪する。具合でも悪いのだろうか。


「大丈夫ですか?」

「は、はい。失礼をいたしました」


 しかし、良く見れば上げた顔の色もあまり良くはない。プロとは言え、こんな場だ。緊張したのかもしれないな。

 セクティア姫はさっと周囲に目を走らせ――傍に居た俺を見止めて、「外までご案内して差し上げて」と告げた。え、自分? まぁ、案内するくらいは全然構わないけどさ。


「あの、私が行きましょうか?」

「良いって。ココはセクティア様に付いててくれ」


 こそこそと交わし合い、俺は「どうぞこちらへ」と言い、歌姫に手を差し出した。


「ありがとうございます」


 礼と共に触れた手に、からだがぴくりと震える。え、この感じは……。


「どうか、しましたか?」

「い、いえ」


 駄目だ。微かに違和感はあったが、今はそれどころじゃない。それに、求められてもいないのに探るなんてマナー違反だろう。俺はその細くて白い手を引き、会場の外へと彼女を連れだした。


「ん?」


 僅かに開いた隙間から抜け出すように出口をくぐると、控えていた騎士の声が聞こえる。見れば、立っていたのはセクティア姫付きの護衛隊長であるレストルだった。


「る、ルル。どうかしたのか?」


 ぐっと歯噛みしそうになる。そりゃあ本当の名前で呼ばれたら困るんだけどさ、そっちの名前も使わないでくれよ。

 言い難そうで怪しいし。いや、すらっと自然に呼ばれても嫌だがな? だったらいっそ、もっと捻れば良かったか。俺は無理やり平静を装い、「こちらの方が」と伝えることにした。


「ご気分が優れないようなので、会場の外までお連れしたんです」

「ご迷惑をおかけしてすみません。……お化粧室はどちらでしょうか」


 自分は会場内の護衛が仕事だ。だから、彼女の世話を別の誰かに引き継いで持ち場へと戻ろうとした。

 だが、レストルはなんと、「それなら、この者がご案内します」と、役目をこちらに振ってきてしまったのだ。ええっ?


「た、隊長?」

「外は見ての通り男ばかりなんだ。女性の相手は頼むぞ」


 お、俺だって男だっつの! でも、事情を知らない歌姫の前でそうツッコむわけにはいかない。というか、廊下には男性騎士が何人も配置されているから、ここで叫んだら思いっきり自爆してしまう。

 うぎぎぎ、これならやっぱりココに頼めば良かった!

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