第8話 怪し過ぎる報告書・後編
「じゃあ何なんですか? お二人とも、隠し事なんて酷いです……」
怒っていたかと思えば、今度はしゅーんと項垂れてしまった。ココは出会った頃に比べて感情表現がかなり豊かになったと思うのだが、落ち込む時にまでそれが発揮されると扱いに困ってしまうな。
ついには姫が「ほら」と俺の肩を叩いてきた。
「あまり意地悪をしたらココが可哀想じゃないの。もう観念して読ませてあげたら?」
「えー、でも、それは」
決意がしきれず、どうしようかと逡巡していると、ココからも「お願いします」と言われ、最後には折れるしかなくなってしまった。
「……じゃあ読んでも良いけど、怒るなよ?」
「どうして報告書を読んで怒るんです?」
ココがこてりと首を傾げる。どうしてかって? ……読めばすぐに分かるだろうよ。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに紙束を受け取り、目を通し始めたココの顔は、段々と真顔になり、興味深げになり、最終的には驚きと困惑に染まった。
「これって、お話、ですか? しかもこの内容、どこかで……」
「そりゃ見覚えあるだろうな。俺の体験談なんだから」
「体験談? どうしてこんなものを書いているんですか?」
当たり前すぎる疑問に応えたのは、俺ではなくて姫の方だ。
「興味があって、こうして少しずつ書いて貰っていたのよ」
そう、俺が命じられて無理やり書かされていたのは、兵士見習いになってから今に至るまでの体験談……のようなものだった。
「ような」とわざわざ表現するのには、理由がきちんとある。ありのままを描いてはいないからだ。ココも、その点にはすぐに気が付いた。
「あの、でもちょっと違うような? 名前とか、それに」
「えぇ。名前も変えてあるし、性別も逆にしてあるのよ」
「えっ、逆ですか!? た、確かに反対になってます……!」
ココは開いた口が閉められないようだ。まぁ驚くよなぁ、性格はそのままとしたって、物語の中で自分が男として描かれていたら。
「だから見せたくなかったんだよ。怒るだろうと思ってさ」
作中では俺は12歳の女子になっていて、キーマは美少女。ココは控えめで礼儀正しい男子であり、師匠は妙齢の女性へと変換されている。知られたらクドクドと説教をされそうだ。
ちなみに、今書いているのは見習いが解け、正式な兵士として王都へやってきたあたりだった。もちろん、細かい部分でもフィクションを織り交ぜるのを忘れない。
「聞いて、もうすぐ私が登場するのよ、格好いい王子としてね。知的で、いつも憂いを帯びた眼差しをしていて、思慮深くて。そんな私が、将来有望な魔導士の少女を城内で見かけて、声をかけるの。素敵でしょ?」
「そんな展開は絶対に無理っス」
俺は即座に否定した。初対面で思いっきり壁の隙間に挟まっていた「王子」が、知的で、憂いがあって、思慮深いわけがない。完全に別人だ。テコ入れにも程がある。
「えぇ? どうしてよ」
どうして、じゃないだろっ! っていうか、その頃は14歳くらいだったよな。二十歳過ぎの王子が少女を……なんてのは、軽く「事案」じゃないのか?
これまで意識してこなかったが、振り返ってみると不安になってきたぞ。こういうところが、師匠が俺を「呑気」だという理由なのかもしれない。うぐぐぐ……。
「ねぇ、執筆では実際に『女の子』をやってる経験が活きたでしょう? 私のおかげよね?」
「その感謝だけはありえないッ!!」
そうだ、まだまだ先だけど、女装の描写はどうすりゃ良いんだ? 男装か? 墓穴が深過ぎる、反対側に貫通する……っ! ココは「怒ったりはしませんけど」と前置きし、更に問いを重ねてきた。
「でも、どうしてこのような形に?」
「だって、ヤルンが『自分のことだと知られたくない』って言うんだもの」
面白いが面倒だ、と言いたげな姫に、「バレたら恥ずかし過ぎるでしょうが!」とツッコむ。誰が、好き好んで自分の恥ずかしい黒歴史を披露したがるんだよ?
「ばれる、というと、どなたかにお見せするんですか?」
「まぁね。ある程度原稿がまとまったら、本の形にしようと思っているのよ」
「本にですか!?」
そういや、前にキーマとココが似たようなことを言っていたっけな。あれはただの悪ふざけで終わったが、それが現実になるとは思わなかった。さすがは天下のお姫様だ。
げんなりする俺とは反対に、姫は心から楽しそうに口元を綻ばせる。
「安心しなさい。私と、あとは身近な人にしか読ませないから。だから、これからもじゃんじゃん書いてよね?」
じゃんじゃんて。だから俺は物書きじゃなくて護衛なのに。ぐぎぎぎ。
「ねぇ、タイトルはやっぱり『ルルちゃん奮闘記』にしましょうよ」
「嫌っス」
「じゃあ、奮戦記? ……繁盛記?」
「何も繁盛してませんし、そもそも直すのはそっちじゃないっ!」
ところが俺の不安をよそに、出来上がった『魔導少女物語』第一巻を、セクティア姫が仲の良い貴族達に貸し出したら、あっという間に広まってしまった。
それも、王都に住む貴族の子ども達にだ。屋敷に閉じ込められて日夜勉強を強いられる立場の彼らは、壁の外の世界の物語に惹かれたらしい。
恐ろしくも、早く続きを読ませろと親を通じてせっついてきているというのだ。
「増刷が追い付かなくて、まさしく嬉しい悲鳴ってところね! というわけで、とっとと第二巻を書いて貰うわよ~?」
「うえぇ~っ!?」
「話が違う!」などという魂の叫びなど、聞いてくれるお姫様ではないのだった。
《終》
◇ヤルンが話を書かされている描写は「第九部 第三話 紅い瞳の侵入者」の冒頭にあります。そんな伏線は要らないかもしれませんが(笑)。
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