第8話 怪し過ぎる報告書・前編
会議室に戻ったあとは、師匠の独壇場と化した。今見せた飛空術もどきの説明を聞かせたのだ。
「大事な点は二つでしてな」
そんな前置きから始まった話に、学会の主要メンバーは呆気に取られていた。
まず一つ目は魔力の確保だ。それは術に慣れて消費効率が上がるまでは、共鳴魔術と水晶で底上げしてクリアする。俺達の場合はココが怖がって一人で飛べないから、という理由も含んでいたが。
「そして肝心の二つ目は」
師匠の前置きで、俺とココはテーブルの上に手のひらを差し出した。俺は左手、ココは右手、要するに繋いでいた方だ。
途端、全員から「これは」という趣旨の声が上がる。そこには羽を模した文様と、「飛ぶ」という意味の古代語が描かれていた。あ、手首まで見えてしまわないように気を付けないとな。
「魔術印ですか?」
「見たことのない模様ですね」
「でも、これがあれば確かに」
などと、大人達が口々に言い合う。そう、飛空術を行使するために唱えた呪文は「飛べ」と命令するためのものじゃない。この魔術印を発動させるためだったわけだ。師匠が更に解説を加える。
「術の発動を印に任せてしまえば、術者は魔力を送るだけで他のことに集中出来ますからな」
あとは風を操って移動すればいい。纏めるのではなくて、役割を分担させたのである。
「なるほど」
「良いアイデアですね」
メンバーは師匠や俺達をそう言って褒めたけど、そんなに褒められてもなぁ。
文様は空の城でも使われていたものだし、俺達は師匠の言うままに練習して披露しただけだ。頑張るのはむしろこれからだろう。
「これより先は各々が持ち帰って研究する、ということでよろしいですかな?」
数日間ではあるが、皆本業を抱えている身。何日も学会本部や王都に留まり続けるわけにもいかない。今後は定期的に連絡を取り合って完成させていくことに決まった。
それぞれと挨拶を交わし、何事もなく終えられたかな? と思った瞬間、後ろから声をかけられた。
「ねぇ、黒い坊や」
「えっ」
黒い坊や? って、自分のことだよな? そう思い、反射的に振り返ると、呼び止めてきたのはあのスネリウェルだった。瞳の色こそ俺と同じ紫だが、深みがあって見詰めていると吸い込まれそうになる。
「面白い物を見せて貰ったわ。ありがとう」
「ど、どうも」
隣には一緒に実演したココもいるのに、どうして俺にだけ? そんな風に感じたのが顔に出たのか、スネリウェルは取ってつけたように「黒いお嬢さんもね」と言い添えた。
「また会いましょう。今度は代わりに面白いものをご披露するわ」
「はぁ」
面白いものってなんだろうな……?
こうして、俺は日常業務に戻ることになった。自分でも、ちょっと普通とは言い難いと思う日常に。
「はい、出来ました」
そんなある日、俺はココと訪れたセクティア姫の部屋で、懐から取り出した紙の束を手渡した。
本当は誰の目にも付かないところで渡したかったのだが、これ以上
姫は嬉しそうににっこりと笑って「あら、ありがとう」と礼を言い、紙を受け取ってから早速ぺらぺらと検分し始めた。
「今回も締め切りにちゃんと間に合ったわね。なかなか良いペースじゃない」
「褒められても、あんまり嬉しくないっスけどね。っていうか、後で見てくださいよ」
そんなやり取りを二人でしていると、当然の如く事情を知らないココが疑問を挟んでくる。
「あの、それってなんですか? 前から時々見かけて、気になってたんですけど……」
「これは、だな」
うぅ、どう言い訳したものかな? なんでもない、と言って切り上げてしまいたいが、こう度々ではそれで済む話でもないよな。うーん……そうだ!
「報告書!」
「報告書? なんのですか?」
「仕事の……?」
ぽつりと漏らした、無理に作った理由は、逆にココを驚かせてしまったようだった。
「えっ、お仕事ですか? 私は何も書いていませんよ?」
あちゃー、こりゃあ失敗したか。真面目な彼女は、「自分は書かなくて良いのか」と姫に問いかけている。
「あら、ココは良いのよ?」
とは言う一方で、姫も「書いてくれるなら、もちろん有難く頂くけれどね」と付け加えることを忘れない。っておい、興味を抱かせてどーするんだ? 適当に誤魔化してくれってば!
とうとうココは我慢が出来なくなったようで、今渡したばかりのそれを見せて欲しいとお願いし始めた。こうなってしまうと、姫の方が余程強硬に拒否しなければ逃げられそうにない。
「どうしようかしら」
「だ、駄目っ」
姫が呑気に言い、紙の束をココに渡してしまいそうになるので、俺は慌てて取ろうとするのを遮った。ココが不思議そうに首を傾げてくる。
「えぇ? どうしてですか?」
「う、うまく出来てないし。恥ずかしいから」
決して嘘ではない。うまく出来たとはとても思えないし、恥ずかしいのも偽らざる事実だ。読まれてしまっては困る。しかし、ココはそんな口先の理由だけで通じる相手でもなかった。
「報告書なんですよね? どうして恥ずかしいんですか?」
「いや、だから……」
あ~、やっぱり別の時に渡せば良かったな! 上手な言い訳を見つけられずにいると、ココは「怪しいです」と目を光らせた。
それから変な妄想まで膨らませたらしく、はっとした表情になってとんでもないことを言い出す。
「ヤルンさん。まさかセクティア様と……!?」
「は? 『まさか』って? ……ん、んなわけあるかっ!」
つか、だったらそれこそココの目の前で渡すかっての!
「ふふっ、それはさすがに否定しておかないとね」
「違うんですか?」
「断じて違うっ!」
まったく、頭の中でどんな恐ろしい想像を繰り広げてるんだ? 頼むから、俺を勝手に姫をたぶらかす大罪人に仕立て上げないでくれよ!
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