第7話 飛空術?の実演・後編

「大丈夫だって」


 恐怖心からとうとう目をきゅっと閉じてしまった彼女に言いながら、風を操ってゆっくりと左右に移動する。その覚束おぼつかなさは、まるで子どもが習いたてのダンスをたどたどしく踊ってでもいるようだ。


「~っ」


 と、ココが今度は完全にしがみついてきた。あわわ……!


「そ、そんなにくっ付くなって」

「も、もう無理です~っ」


 こうなっては仕方なく、奥底からの「もっと」と強請ねだる誘惑を振り切って下降した。床に足を着けてみると、体がずしりと重くてびっくりする。魔力の消費が激しい証拠だろう。


「ふぅ」


 ふわふわと浮いて移動するだけで、穴が空いたコップから水が零れるかの如く魔力が抜けていく。転送術は一気に空になる感じだが、これは持続時間に合わせてじわじわ減るイメージだな。

 でも、とにかく一夜漬けで練習した術は成功した。もっと訓練を重ねれば、消耗もぐっと抑えられるはずである。


「素晴らしいです」

「まだ二人がかりでも、こんな風に浮くだけで精いっぱいですがのう」

「これだけでも利用価値はありそうですな」


 メルィーアが率直に意見を述べ、師匠が応える。それに、北の老紳士がコメントを付け加えた。

 そう、まだ頼りなく浮遊しているに過ぎない。外で強い風に吹かれれば持って行かれるだろうし、一か所に留まり続けるにはコツと経験が必要そうだった。……これじゃ「飛空術」じゃなくて「浮遊術」だな。


「確実な移動はまだこれからなのですね」


 ドゥガルが確認するように言い、西のスネリウェルが「是非、もう一度お見せください」と妖艶に微笑む。師匠が頷いたので、怖がるココを宥めながら「もう一度だけ」と約束し、同じように繰り返した。


「うーん、もっと違う新しい発想がいるのかもな?」

「違う発想、ですか?」

「何回か浮かんでみて分かったんだけどさ」


 こうやって浮かんでみると、空は地上とは全く違う世界なのだと実感する。通常の移動のイメージでは、その広大な空間を渡っていくことは難しい。

 まぁ、急に新しい発想など閃くはずもないか。飛ぶと言えば、やっぱり鳥か? でも、翼で羽ばたいてるわけじゃないし、空中でジタバタするなんて無様過ぎる。


「うーん、あとは……滑空はどうだろうな? 大型の猛禽類みたいに、風の流れに逆らわずに、滑るように下降すればいけるかもしれないな」

「す、滑る……っ!?」


 しかし、その思い付きはココのお気に召さなかったようで、不安そうな瞳とぶつかった。わかったわかった、やらないって。……今はな。

 しかし、ここで問題が発生した。空中でそんなやりとりをしているうちに、とうとう魔力の残量が危険域に達してしまったのだ。


「わ?」


 ふっと見えない落とし穴が足元にぽっかりと空いたみたいな、突然足に重りを括り付けられたような感覚が生まれた。さっきまでは撫でるようだった空気が、針みたいに肌を刺し始める。


「げっ!」

「きゃあっ!」


 うっかりしてた! この術、いつも共鳴魔術では調整役を買って出てくれるココが恐怖のせいでうまく力を発揮できないんだった!

 そう思う間にも、硬い木の床が驚くべき速さで近づいてくる。このままでは容赦なく地面に叩き付けられて大怪我間違いなしだ!


「~~っ!」


 俺は慌てて胸元を探り、そこにあった水晶を握り込んだ。溜めてあった魔力が体内に流れ込み、ギリギリのところで僅かながらも浮力が復活する。

 ぐわっという圧縮感が鼓膜を打って、体が制止したことを知った。そのまま、すとっと地に足先を触れさせ、へたり込んだ。


「うひぃ、マジで死ぬかと思った。悪い、ココ、大丈夫か?」

「こ、怖かったです」


 そう言うココは目に涙をため、ぷるぷると震えていた。俺はどうして良いか分からず、一度は彷徨さまよわせた手で華奢な背中をさすってやった。


「何をやっておるのか。魔術を覚えたての新米でもあるまいに、魔力の残量を測り間違えるとは」

「うぐ……すみません」


 立ち上がる力も無くてへたり込んだ俺の頭上から、容赦なく師匠の呆れ声が降り注いできて、俺は素直に謝罪した。ぐうの音も出ない、とはこのことだ。


「……」


 なんだよ師匠。他にも何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃねぇか。……いや、やっぱり言わなくて良い。今言われると心が折れる。

 すると、ココが「お役に立てなくて、すみません」と謝ってきた。俺は、それは違うと否定した。


「んなことないって! いつも助けられてるのはこっちなんだからさ。今回は俺が気を付けてなきゃいけなかったのに、失敗しちまったな」


 それに、課題が出たということは、研究が進んでいる証拠でもある。後は皆で考えりゃあいい話だ。そんな風に諭すと、ココはこくりと頷いた。


「立てるか?」

「はい」


 彼女の手を取って立たせてやってから、びっくりしたままでいる観客の元へと歩いていった。


《終》

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