第4話 1日体験入学・前編

「……おい、ダール」


 キーマの秘密を暴いた翌日、俺は約束通りに早朝から王立魔術学院を訪れていた。のだが、そこに待っていた現実は予想外の展開を迎えていた。

 教室や職員室、食堂などの学院内をざっと案内してくれたダールが「なんですか?」と聞いてくる。


「俺、学院長には確実に『見学させて欲しい』って言ったよな?」

「はい。言ってましたね」


 少年がこっくりと頷く。じゃあ、何故だ。俺は窓ガラスに映った自身の姿を見て言った。


「どうして『見学』が、一夜明けたら『1日体験』になってんだよ!?」


 今の俺は18歳の魔導師ではなく、ダールと同じ10歳くらいの背丈に学生用のローブを羽織った格好になっているのだった。



 王立魔術学院はユニラテラ王国で最大の魔術の学校なだけあって、ウォーデンとは規模が違った。

 まず、生徒数が違う。各学年は160人以上で構成され、3学年を合わせると500人にもなる。当然、校舎も数棟に分かれているし、校庭もわけが分からないくらいに広い。


 ダールに校内を案内して貰う前には、昨日と同じ部屋で学院長のドゥガルが学校の概要について教えてくれた。


「クラス分けは、魔導書を与えられる3年生だけは魔力の強さでAからEの5クラスに分けています」


 Aクラスが、魔力が最も多いクラスで、腕輪の石で言うと赤や青にあたる。あとも色の通りで、緑、黄、紫と続く。緑や黄は特に人数が多いため、2クラスに分けたりしているようだ。


「ヤルンさんは、変装術はお得意ですか?」

「え」


 ぎくぅ!! ま、まさか、「あれ」のことを言っているのか? なんでこの人に知られてるんだ!?

 もしかして城内に学院や学会の息がかかった間諜スパイがいるんじゃあないだろうな? そうであるならば、帰ったらどんな手段を用いてでも早急に見つけ出して、記憶が消えるまでタコ殴りにしなくては!


「おや、どうかしましたか?」

「つ、使えるのは使えますけど、それが何か……?」


 俺が固く決意を秘めつつも恐る恐る問いかけると、ドゥガルは「それは良かった」と顔を綻ばせた。何が良かったんだよ? その笑顔が怖過ぎるぞ!


「是非、外からではなく、中から授業に参加していってください」

「……へ? 『中から』?」


 そんなわけで、俺は迎えにやって来たダールと同じBクラスに放り込まれることになってしまった。一通りの案内を終え、いよいよ教室へ連れていってくれようとする彼が、同じくらいになった目線の高さで言う。


「ヤルンさんがBクラスなんて、大丈夫ですか?」

「何がだよ?」

「だって、本当ならAどころか」


 俺は慌てて「しーっ!」と人差し指を口の前に立てて、続く言葉を制した。おいおい、いきなりバラしてどーすんだよ! 周りに人はあまりいないが、どこで誰が聞いているか分かったもんじゃないんだぞっ。


「ご、ごめんなさい」

「大丈夫だって。ほら、石の色も変えたし」


 そう言って、俺は髪を持ち上げてカフスをダールに見せた。そこに嵌っている石は彼と同じ濃い緑で、黒を除けば上から三番目だ。

 ただ、ダールの場合は成長するうちにもう少し魔力が伸びれば、最終的には1つ上の青に届く可能性もあるかもな?


「石の色って変えられるんですね」

「まぁな」


 以前は自分も魔導具カフスの色にまでは干渉出来なかったのだけれど、分身術の訓練で苦労したおかげか、変装術の練度も向上したらしく、こうして変えることが出来るようになったのである。


「本当は常に変えておきたいくらいなんだけどさ、身分を偽る行為だから必要に迫られた時以外は駄目だって言われてるんだよ」

「それは仕方ないかもしれませんね」


 ま、そんなことはいいや。それより、今は別のことをなんとかしないと。


「なぁ、お前さ、そろそろその敬語やめろって」

「え、でも、ヤルンさんは兄さんの友人ですし……」


 指摘してやると、ダールは困惑の表情を浮かべた。でも、今日1日、俺達は同じ10歳なのだ。普通に喋ってくれないと正体がバレてしまう。


「……じゃあ、さすがに呼び捨ては出来ないので、君付けで」


「ヤルン君」ねぇ、ウォーデンで面倒を見た赤毛のハリエを思い出す響きだな。オフェリアもセオドアも、皆元気でやっているのだろうか。

 挨拶もなしに去ったことが心の隅に引っ掛かり続けているし、転送術もかなり安定して使えるようになったから、近いうちに顔を出しに行ってみることにしようかな。


「じゃあよろしく、ダール『君』?」

「それはやめてくだ……くれる?」


 え、なんで同じように返しただけなのに、そんなに怯えた顔をするんだよ? キーマのやつ、弟に変なこと吹き込んでんじゃねぇだろうな。



「今日1日だけ、皆さんと一緒にお勉強することになったヤルン君です。仲良くしてあげてね」


 そんな風に俺を紹介したのは若い女教師だった。学校の先生というより、もっと幼い子どもの面倒を見ている方が似合いそうな、ほんわか系の可愛らしい人だ。彼女は当然、俺の正体を知っている。


 教室内はいたって普通の景色で、前側には白板があり、机椅子が整然と並べられている。後ろにはロッカーや掃除道具入れが見え、そしてもちろん、10歳の子ども達が30人程度、ひしめき合っていた。


 ウォーデンの生徒と違うのは、全員が王都のルールに従って腕輪やカフスを着けているところだ。ここはBクラスだから色は緑ばかりだが、良く見れば微妙に濃さに差があるようだった。


「ヤルンです。よろしくお願いします」


 頭をぺこりと下げた途端、彼らはざわざわと騒ぎ始めた。物珍しいのだろう。


「こんな時期に転校生?」

「1日だけってどうしてですか?」


 誰かが手を上げ、当然の質問をする。もちろん、それに関しては事前に打ち合わせ済みだ。先生がパンパンと手を叩いて生徒達を静めたあとで説明を始めた。

 簡単に纏めると、俺はウォーデン魔術学院に籍を置く生徒で、家の事情で一時的にこちらに来ている。


 親と学院長とが知り合いだった縁で、「1日だけ王立魔術学院の授業を体験してみないか」と声をかけられた、などという超適当な筋書きだ。

 叩けば埃が出そうなどころか、出まくって粉塵爆発を起こしそうな緩さである。


『子ども相手ですし、1日だけならなんとかなるでしょう』


 とは、この筋書きを提案した張本人である学院長・ドゥガルの言葉だ。大丈夫かよ、不安だなぁ。バレませんようにと祈るしかない。


「では、ヤルン君は一番後ろの席ね」


 言われた通り、窓際の一番後ろの席に座る。ダールは前の方だから結構離れてしまい、ちょっと残念だった。

 先生は始終笑顔だが、内心ではヒヤヒヤしているに違いないと俺には分かっている。18歳を10歳扱いして勉強を教えるなんて嫌だろうからなぁ。しかし、今日1日だけはぐっと我慢して耐えて貰うしかない。

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