第4話 1日体験入学・中編
「ねぇ、本当にヤルンっていう名前なの?」
席に座って荷物を置くと、前の席の女の子が振り返って聞いてきた。青い髪の色といい、顔立ちといい、ちょっとココに似た雰囲気の結構可愛い子だ。
「そうだけど、『本当に』ってどういう意味?」
意味が分からずに首を傾げると、彼女は何故か「凄いね」と称賛し、質問の意図を教えてくれた。
「だって、あの騎士様と同じ名前なんでしょ?」
「あの、って」
よせばいいのに、俺は硬直しかかった体と思考のまま問い返してしまった。不審がられるかと思ったが、女の子は俺がウォーデン出身だから知らないのだと勝手に自分を納得させてから続けた。
「少し前にね、お城のお姫様に認められて護衛役になった、ヤルンっていうすごーい騎士様がいるんだよ。凄い魔術がいっぱい使えて、触るだけで色んなことが分かっちゃうんだって。凄いよね~」
「へ、へぇ。そうなんだ」
うげげ、なんだよその噂は。俺の話、なんだよな? でも、どこをどう出回ってそんな内容になったんだ? 間違ってないけど間違ってるぞ!
やめろ、やめてくれ、今すぐ全身をかきむしりたいくらいに、こそばゆいっ!
「どうかした?」
「な、なんでも」
「ねぇ、ヤルンって、ウォーデンでは良くある名前なの?」
俺は首を捻り、「さ、さぁ? どうかなー?」と応えるので精いっぱいだった。幸いにも彼女は「そうなんだ」と納得して前を向いてくれた。
でも、これからどうしようか。ルリュスから噂になっているとは聞いていたが、よもや子ども達の間にもそれが蔓延しているとは考えていなかった。まさかこんなに有名になっているなんて!
しまったなぁ。今日、同じ話を色んなヤツから何度もされたら、心が耐えられそうにない。こんなことなら、キーマ、はダールが困るだろうから、イリクあたりにでも名前を借りておけばよかったぜ……!
不安なまま始まった1日は、それでも午前中はまだ順調な方だった。
休み時間には例の話を持ち出されて背中にじっとりと嫌な汗をかいたけれど、勉強自体は至極簡単だったし、校庭で行われた魔術実習もやり過ぎないように気を付けるくらいで、特に問題はなかった。
と、自分では思っていたのだが、周りの視線は時々何故だか痛かった。んん、なんでだろうな? 疑問に感じ、ダールを廊下に呼び出して訳を聞いてみたら、一言「怪しいです」と言われてしまった。
「怪しい? なんでだ?」
「勉強は、難しい問題は解けるのに簡単な問題を間違えるし、魔術も簡単な術はたどたどしいのに難易度を上げると危なげがなくなるし……」
「う。加減が難しんだよ」
それぞれ理由ははっきりしている。
簡単な問題を間違えるのはわざとではなく、何か裏やひっかけがあるんじゃないかと変に疑り過ぎてしまうからで、難しい術については下手に芝居などすると失敗して危ないからだ。
「怪しまれてるのか?」
「まだ『変だな』くらいだと思いますけど、もっと気を付けて下さい」
「マジかよ。っていうか、お前こそ敬語やめろって言ってるだろ」
「あ、はい……うん」
外見も表情の作り方もキーマにそっくりではあるが、根が生真面目なところはちょっと違うらしい。まぁ、コイツもあんなトンデモ兄貴と比べられても困るかもな。
などと、端でこそこそやっていたら、同じBクラスの生徒が数人、周りにわらわらと集まってきた。
「あれ、二人は知り合いだったの?」
最初に声をかけてきたのは、俺の前の席の女の子だった。さらさらのストレートヘアが印象的な子で、名前はファニィと言うらしい。明るくて物怖じもしないタイプみたいだし、男子に人気がありそうだなぁ。
ダールはこくりと頷き、「親同士が知り合いなんだ」と慎重に応える。これも事前に打ち合わせた通りの設定だ。集まった子達は一様に「ふぅん」、「へぇ」と納得し、今度はファニィとは別の子が話しかけてきた。
「君って、あの騎士様と何か関係あるんじゃないの?」
「な、ないない! 名前が同じなだけ」
「えー? 知り合いだったら面白かったのにな」
どんな理屈だよ。俺は手をぱたぱた振りながら再度関係性を否定した。ったく、どれだけそんな話が浸透しているんだか。
ダールとも視線を交わし合いながら、参ったなと落ち込んでいると、しかし、話題はまた違ったところに飛んだ。
「あぁそうだ、隣のクラスには気を付けた方がいいよ」
「隣って、Cクラスか?」
問い返すと、集まった全員が首を横に振り、潜めた声を揃えて「Aクラス」と言った。なにやら妙に恐れている様子である。
「……?」
Aクラスについて学院長から聞いている情報はあまりない。
分かっていることと言えば、腕輪の石が赤や青に染まるほどの魔力の持ち主はあまり生まれないため、常にクラスの人数は少なく、現在も10人弱しか在籍していないということくらいだ。
「何に気をつけろって? ……担任の先生が怖いとか?」
それなら大丈夫だ。
その教師がどんな厳しい指導をする大人であろうと、由緒ある学院に師匠以上の人でなしがいるとは考え難いし、俺が現在仕えているお姫様以上に傍若無人な人間も、世の中にはそうそういまい。
あんな類の人間がそこら中にいたら、ひとも国も世界も、とっくに滅びていたとしても不思議じゃないからな。っと、口から零れないように気を付けなくては。……零れてないよな?
「違う」
誰かが返事したのを皮切りに、「怖いのは生徒」とまた違う子が言いかけ、隣の子がその服を引っ張って、「まずいよ」と忠告する。話題に上らせるのも危険らしい。
「……なんとなく分かった。気を付ける」
要するに、Aクラスにはヤバい生徒がいるってわけだ。ここまで恐れられるなんて、どんなヤツだろうな? 昔の俺みたいなやんちゃ坊主か、これまで何度か悩まされてきた、高慢ちき系か。
いずれにしても隣のクラスの人間のことだ、関わらなければいいだけだろう。この時はまだ、そんな風に高を括っていた。
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