第3話 剣師の密かな転職

 騎士寮にある俺の部屋のすぐ隣、キーマの部屋の前に立ち、ひと呼吸入れてからその扉をノックすると、すぐに返事があった。


「はーい、今開け」

「弟に会ったぞ」


 声がぴたりと止まり、鍵が開かれる様子もない。でもこちらもその方が、対面で話すより都合が良かった。ややあって、「元気にしてた?」と問いかけてくる。


「おう」

「タドカにも会ったの?」

「タドカ? ……妹か? そっちはまだだな」

「そう」

「お前の妹なんだから、どうせ美人なんだろ?」

「まぁね。あ、ヤルンにはあげないよ?」

「アホなこと抜かすなっ!」

「……会いたいな」

「会いに行けばいいじゃねぇか。すぐそこだぜ?」

「そうだねぇ」


 遥か遠くの故郷スウェルに比べれば、手を伸ばせば届きそうなほどの距離だ。なのに、口振りからはあまり顔を合わせている雰囲気を感じなかった。

 くぐもった声が途切れてしまったので、俺は別の質問をぶつけてみることにする。


「お前の弟と妹、なんでウォーデンじゃなくてこの王都に居るんだ?」

「親が学院長と知り合いだからっていうのが大きな理由だよ」

「学院長? なら、今、会って来たところだぜ」

「あとは、この国で一番大きな魔術学院だからっていうのと、……自分から遠ざけるためかなぁ?」


 遠ざける? なんだよ、それ! そう怒りの声を上げようとしたら、「あぁ、嫌がらせじゃなくてね」と先を越されてしまった。


「ほら。ローブ姿を見ると辛かったりするんじゃないかって、思ってるみたいでさ」

「……辛いのか?」

「全然。ないものはないんだし、比べてもね? 跡継ぎを弟に代わって貰ったことの方が申し訳ないくらい」

「本心か?」

「辛かったらヤルンやココの傍にいようとしないでしょ」

「それは、……そうかもしれないけど」


 思い返してみると、初対面時のキーマのセリフは嘘や適当で塗り固められた物だったわけだが、周りにはあれだけ同期の人間がいたのだ。

 ずっと俺の近くに居続けるなんて、「魔力がないこと」をコンプレックスにしていたら絶対にきついはずだ。俺自身がずぅっとキーマの剣の才能を羨んできたのだから、良く分かる。


「……生まれた時から『魔導師になれ』って言い続けられてきたのに、急に『好きにしろ』って言われて、穴がぽっかり空いちゃってね。でも、ヤルンを見ていたら面白そうだなーって思ったわけ」

「面白そう?」

「だって、凄い魔力があって、凄い魔導師の弟子になったのに、『剣の腕を磨いて騎士になる!』って言ってるんだよ? 爆笑ものだね」

手前てめぇ、その命、惜しくないんだな?」

「いやいや、実際、家のことなんて忘れるくらい騒動続きで面白かったし。ヤルンの傍に居れば、自分も何か見つけられるんじゃないかなー? って。だからここまで付いてきたんだけど、気が付けば騎士見習いだなんてねぇ。親もビックリしてたよ」


 成程な。大方の謎は解けた。とりあえず、今抱えている中で残る疑問はあと一つきりか。


「おい、いつまで俺を外に放置するつもりだ? そろそろ開けてくれよ」

「あ、ごめん」


 言って、ようやくキーマがドアを開けてくれる。壁際に寄って奥へ通そうとするので、一歩踏み込んだところで、その手を取った。数年の間、飽きもせず剣を握ってきた拳はごつごつと節くれ立っている。


「ヤルン?」

「なぁ、本当に魔術に未練ないのかよ?」

「何言って……、あろうがなかろうが、意味がある?」

「魔術、使ってみたくないのか?」

「うーん、ヤルンやココみたいな魔導師にはなりたくないね」

「なんでだよ」

「勉強したくないし、苦労が多そうだし? そんなのは見ているだけでお腹いっぱいだね。部屋を照らす明かりが作れたり、ちょっと火や水を呼んだり出来るくらいが出来たら十分なんだけど」

「……んじゃ、やってみるかな」


 俺はぽつりと呟き、空いている方の手で扉をきっちりと閉じる。「やるって何を?」とキーマが言い終える前に、繋いだ手にぐっと力と――魔力を込めた。


「……うあ、あぁぁあぁっ!?」


 全身がビリビリするのだろう。目蓋をきつく閉じて苦しみの声をあげるキーマに、俺はそれでもやめようとはしなかった。

 10秒くらいはそうしていただろうか、もう良いだろうと手を放してやると、その場にすとんと腰を落とし、しばらくは肩で荒く息をしていた。


「……酷いな。黙ってたことは悪かったけど、こんな仕返し。し、死ぬかと思った」

「違ぇって」

「違う? 今のが仕返しの本番じゃなかったってこと?」

「だから違うって。お前の望みを叶えたつもりなんだけど?」

「のぞみ?」


 全く状況を飲み込んでいないようだったので、俺は改めて一から説明してやることにした。


「お前は魔力がなかったんじゃない。『核』はあったけど、弱過ぎて機能してなかったんだ。だから外から魔力を送って刺激して、活性化させたってこと」


 違和感は前からあった。俺がその正体に気付くのに随分と時間をかけてしまっただけだ。


「そ、それって」

「あぁ、あとこれな」


 そう言って、俺は懐から小さくしてあったあるものを取り出し、本来のサイズに戻してからポンと渡してやる。キーマは呆然とした表情のままそれを受け取り、ぽつりと呟いた。


「これ、新しい、魔導書? こ、こんなもの、どこで」

「ちょっと前に、水晶を買い込むために王都中の魔導具屋を覗いて回ったって言ったろ? その時に見かけて、面白そうだと思って買っておいたんだよ。こんな風に役立つとは思わなかったがな。ちゃんと師匠にも見せて『大丈夫』って言われたやつだから安心しろ」

「……はは、魔導士になれって? 今更?」

「なれなんて言ってないだろ。嫌ならまだ引き返せるぜ? どうせ、なったところで初歩の術しか使えるようにはならないだろうしな。……お前の好きにしろよ」

「好きに、かぁ」


 キーマはくつくつと笑って立ち上がり、あまり悩む素振りも見せず、机にペンを取りに向かった。名前を書き込みながら「あぁ」と声をあげる。


「腕輪かカフスが要るんだっけ」

「黙って置けって、知られたくないんだろ?」

「確かに面倒なことになるかもしれないねぇ」


 それに、魔力を得たといっても本当に微々たる量なのだ。魔導具を着けて抑えてしまうと魔術が使えなくなってしまう恐れもある。


「……ココにはどうしようか?」


 どうもこうも、思考の余地などない。ココの魔力感知をあざむけるのは師匠クラスの術者だけだ。ほぅら、ノックの音が聞こえてきたぞ?


「キーマさん。今、このお部屋で何かありませんでしたか?」

「す、凄いね」


 だろ? 俺達はココを室内に招き入れ、全員が適当に座ったところで魔術学院であったことも含め、全てを語って聞かせた。彼女はいちいち驚いていたが、全部を聞き終えると息を大きく吐き出した。


「……本当にびっくりしました。ビックリし過ぎて、まだ理解しきれてない気がします」

「まぁ、色々あってね?」

「色々あり過ぎなんだよ」


 キーマは「あはは、ごめんごめん」と乾いた笑い声を立てて詫びた。


「今度、私にも弟さんや妹さんを紹介してくださいね!」

「もう隠す必要もないんだから、堂々と会いに行けばいいだろ?」

「まぁね。……ところで、魔術を使うためには何から始めたら良いのかな?」


 あ、「何から」だぁ? そんなものは、それこそ最初から決まってるじゃねぇか。


「呪文の丸暗記だよ」

「先に古代語のつづりを覚えた方が良いんじゃありませんか?」

「二人がそれから始めたのは分かったよ」


 こうして、こっそりと新しい魔導士は誕生した。キーマは翌日の夜から早速、師匠の訓練の時間にも付いてきて、端っこで初歩魔術の練習をするようになったのだった。


《終》

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