第2話 予想外の案内人③

「あ、あに? 兄って」

「キーマは僕の兄さんです。聞いてませんか?」

「聞いて、ない」


 聞いてない。……聞いてない、聞いてないっ!

 なんだこれ。弟って、兄ってどういうことだ? あいつ、兄弟がいるなんて今まで一言も言わなかったじゃないか。しかも同じ王都の中に居て、それも魔導士だなんてどういうことだよ!? ドッキリか、何かの罠か!?


 驚きや怒りや悔しさや、とにかく色々な感情が一気に押し寄せてきて、俺は頭がぐちゃぐちゃになってしまった。ぅわ、この感覚はまずい。


「もう兄さんてば、また面倒臭がったんだなぁ。ほんと仕方ないんだから。……あの、大丈夫ですか?」

「わ、悪い。ちょっと待って」


 咄嗟に懐を探って忍ばせていた水晶を握り込むと、膨れ上がった気持ちともども、魔力が吸い取られていく。はぁ、万が一に備えて持ってきておいて良かったぜ。

 でも、まさか建物に入る前に使うことになるとはな。


「……もう大丈夫。ビックリしただけだから。けど本当の本当に、君はキーマの弟なのか?」

「本当です。ついでに言うと、一年生には妹もいますよ」

「いっ、妹までいるのか!?」


 くっそ、キーマのヤツめ、帰ったら絶対に全部吐かせるからな。覚えてろよぉおぉ!!



「それじゃあどうぞ、こちらです」


 小さな案内人に続き、立派な建物のこれまた立派な扉から中に入る。靴音がやけに大きく聞こえたが、それも入ってしまえば室内の話し声などの物音にかき消された。


「外から見てもでかいけど、中も随分と広いな」


 入ってすぐの部屋は広々としていて、受付カウンターがある。今も何人かの人間が勤めているのが見え、周囲には生徒や教師らしき大人達がちらほら歩いていた。


「ほら見て。あの人だよ」

「あぁ、あれが噂の」

「想像とちょっと違うかも」


 って、なんか見られてる? ひそひそ噂されてる? よそ者だから?

 ダールは受付の人間に客の来訪を告げ、誰かに伝えるように言った。多分、手紙のやりとりをした相手だろうな。


 どんなやつなんだろう。差出人の名前は常に「魔術学会」だったし、文面は簡潔、字体もさらっとしていて、男か女かさえも推し量ることは出来なかった。


「どうぞ」

「あ、あぁ」


 案内されるまま二階に上がると、今度は個室らしき扉がずらーっと奥まで並んでおり、上がってすぐの部屋に通された。

 5人も入れば窮屈そうな白っぽい室内には小さな窓しかなかったが、魔力の光で十分過ぎるほど明るい。中央には丸テーブルがあり、背もたれ付きの椅子が4つ並べられていた。


「すぐに来ると思いますから」


 俺を座らせ、自身は入口傍に立ったキーマそっくりの少年・ダールは、また俺が毎日見ている笑い方で微笑んだ。あまりに似ているので、自分がまだこの場所――王立魔術学院にいるという実感がわいてこないほどだ。

 まるで自分までが子どもになってしまったかのような錯覚に陥りそうになる。本当にまた縮んだらマジ泣きしそうだけどな!


「……なぁ、ちょっと聞いても良いか?」

「なんですか?」

「その、キーマやダールの家のこと、とか」


 問うまで、やはり逡巡はした。キーマは自身の素性に関して、これまで何も語ってはこなかったからな。

 せいぜい両親が厳しい人達だと言っていたとか、振る舞いから良い家柄の出身ぽいなとか、その程度のことが曖昧に分かっているだけだ。


 俺の家の話をした時も乗ってはこなかったから、事情があるのだろう、そのうち分かるだろうとずっと放置してきた。あ、でも兄弟がいるのを匂わせるような発言は、何年も前にしていたような気がするな?


「家のことですか」

「あぁ。まずい質問だったか?」

「うーん」


 ダールはそう言って、すぐに返事をしなかった。兄が、弟妹がいることさえ何年もの間、黙ってきたのだ。自分がべらべら喋っていいものか迷っているのだろう。でも、あいつも覚悟を決めたのだと思う。


「俺が『王立魔術学院に行く』って言った時に、あいつ止めなかったんだよ。付いてこようとはしたけどな」

「じゃあ、ちょっとだけ?」


 ぽつりと言って、彼は兄のように笑った。


「うちは代々魔導師を輩出する家系なんですけど」


 と言うセリフから始まったダールの話に、俺は驚かされてばかりだった。


「兄さんは跡取りだったので、7歳になった時に、親は魔術学院に入れる通過儀礼として検査薬を飲ませたらしいです」

『苦しいだろうが、我慢するんだぞ?』

『分かった』


 ところが、幼い彼は飲み終えた後もけろっとした顔で『これ、ただの水だよ?』と言って、父母を大層驚かせた。親、祖父母、更には先祖から何代にも渡って受け継がれてきた才能が、キーマには全くなかったのだ。


「父さんも母さんも絶対に何かの間違いだって、あちこちの魔導医に診せたみたいです。でも結果は覆りませんでした」


 両親は自分達の子に魔力がないなどとは思いもせず、どう扱えば良いのか分からなかった。長い間考え、親族も交えて話し合った末に、最後には本人の好きにさせることにしたそうだ。


「好きに?」

「魔術以外で興味がありそうなことなら何でも。体を動かすのが好きだったみたいで、護身術なんかも習ってたって聞きました」


 読み書き計算などの教養は教えたが、さすがに両親も魔術のイロハについて手ほどきする気にはなれなかったようだと、ダールは言った。

 そうやって奔放ほんぽうに数年を過ごしたキーマは12歳になった時、「自分は兵士になるから」と何でもないことのように言った。そうしてあっさりと家をあとにする。


「兄さんが家を出て行った時、僕はまだ小さかったので、これ以上のことは知らないんです」


 里帰りした時の兄・キーマは、少々面倒臭がりの面はあったものの弟妹には優しく、手紙や土産も沢山送ってくれた。親とも普通にやりとりしている姿しか見たことがないという。


「あとのことは直接兄さんから聞いてください」

「分かった。ありがとな」


 もう気持ちはぐちゃぐちゃしてはいないけれど、話をどう受け止めて良いか分からず、俺は一度思考を放棄することにした。

 衝撃的な事実であったが、今日ここへ来た本題はこれじゃないのだ。きっちりと切り替えて臨まなければ。

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