第2話 予想外の案内人②

「た、単純に、王都の魔術学院に興味があるんです。ウォーデンとどう違うのかとか。それに、いつまでも逃げ続けられるとも思えないんスよね」

「逃げ続ける?」

「そのままの意味っスよ。俺、『自分のところへ来て欲しい』って言われた相手から逃げられたことがあまりないんで」


 最初は、俺を強制的に弟子にした師匠だった。最近で言うと婚約者に指名したココもだよな。ちょっと毛色が違うけど、ずっと付いてくるキーマも似たようなものか。

 そんな風に顔ぶれを思い浮かべながら指を折りつつ、最後はこう締めくくる。


「でもって、現在の筆頭がセクティア様でしょ? まぁ、半分以上は俺が望んだことでもあるんスけど」


 この人がいなければ、自分は絶対に騎士見習いになれてはいない。少なくともこのスピードでは不可能だった。俺はちゃんと感謝しているし、恩は真面目に仕事をすることで返せば良いとも思っている。

 やらされる仕事の内容には、色々と改善の余地を感じるが。


「だったら、たまにはこちらから飛び込んでみるのも悪くないかな? と」

「愚鈍で迂闊うかつな判断ね」


 姫は短くそう断じた。でも、こちらの意思が変わらないと悟ると、最終的には浅く溜め息を吐いて「分かったわ」と呟き、長い髪をかき上げた。きつく睨み付け、人差し指をびしりと立ててくる。


「ただし、必ず帰ってくること! それが条件よ」

「分かってますって」

「本当~に分かってるのね? 約束を守らなかったら、学院に騎士団を送り込んで隅から隅まで捜索させるから」

「うえぇっ!? ぜ、絶対に帰ってきますってば!」


 こうして俺は、学会からの手紙に返事を書くことにしたのだった。



「というわけで、ちょっと出かけてくるからな」


 騎士寮の食堂で夕食時にそう伝えると、ココもキーマも明らかに不満顔になった。先に口を開いたのは隣に座るキーマだ。


「『というわけ』って、どういうわけ? 勝手に決めて、勝手に出かけるなんて酷くない?」

「勝手勝手って、お前は俺の何なんだよ。別に、事前に相談するほどのことでもないだろ? すぐそこだぜ? ガキじゃねぇんだから」


 歩いたって30分はかからないのだ。たまにはのんびり散歩も良いもんだ、なんて適当に応えたら、キーマは「そうじゃないよ」と言って続けた。


「ヤルンが動いて何もないはずないよね? それを目撃出来ないなんて、人生の大損失だって言っ、痛ッ!」

「黙れこの馬鹿!」


 足を思いきり踏ん付けてやり、ついでにかかとでぐりぐりと駄目押しをする。次に何か言いやがったら、椅子から蹴り落としてやるからな!

 すると、今度は向かいの席で食後のお茶を飲んでいたココが口を挟んできた。


「お一人でなんて危ないじゃありませんか」

「ココまで何言ってんだか。ちょっくらすぐそこまで行ってくるだけだって」

「何かあったらどうするんですかっ」


 だん! とテーブルを叩く音が響き、周囲がしぃんと静まり返る。な、なんでもないでーす。だから、こっちをそんなえぐるような目で見ないでくれって!


「いやいや、どんな妄想を繰り広げてんだ? 山奥にある盗賊のアジトに行こうってんじゃないんだぞ。『王立』なんて大層なかんむりが付いてるだけの、ただの学校だぜ?」


 女子じゃあるまいし、わざわざ俺を選んで襲おうなんて手合いがいるかよ。

 それでもココはむぅと膨れて、ぼそりと「私も行きます」と呟いた。足を踏まれた痛みに悶絶していたキーマも、ゆるゆると手を振って同意する。

 駄目に決まってんだろうが。


「二人とも、今から休みなんて取れないだろ? ココにはシフトのことで面倒かけて悪いと思ってる。今度ココが休みを取る時は、俺がちゃんと穴埋めするから」

「そんなことは良いんです。私が心配しているのは」

「しているのは?」

「魔術学院に素敵な女性がいたら困るってことです!」

「はぁっ? そ、そっちの心配!?」


 おう、なんだか温度差があるなぁと思ったら、まさかそんな悩みだったとは。


「あのなぁ。実際にいたからってどうなんだよ。前にキーマが『これからはモテるようになるかも?』みたいなこと言ってたけど、結局何も変わってないだろー?」


 自分で言っていて非常に胸が痛い。まるでギリギリと心臓を踏みつけられているような心地だ。

 しかも、ココ本人にも「それは、そうかもしれませんけど」と認められてしまい、更に痛みは増した。頼むから、それ以上は何も言わないでくれよ。血反吐ちへどを吐くからな!


「平気へーき。軽く挨拶してくるだけだ。任せとけって」

「……はい」


 そんなこんながあり、一応は師匠にも出かけることを伝えておいて、「夕刻に来て欲しい」という返事を受け取った俺は、城の門の前までやってきた迎えの馬車に乗り込んだのだった。


 ◇◇◇


 そうして今に至るのだが、俺は馬車を降りた先で出会った相手を前に、どんな反応を返すことも出来ずにいた。

 学院の3年生くらいに見えるその子の顔が、知り合いによく似て……いや、「そのもの」と言って良いほどの酷似こくじぶりだったからだ。


 まだ名も知らぬ少年は、やはり「彼」にそっくりな笑い方でにこりと笑んだ。


「ヤルンさんですよね。僕は案内をするように言われた者です。この学院の三年生でダールと言います。よろしくお願いします」

「ダール? ……キーマ?」


 とうとう名前が口から零れてしまった。そう、そのローブの少年は金髪に整った顔立ちをした――初めて会った時よりももっと幼い印象の、キーマそっくりの人物だったのだ。


 ど、どういうことだ? 他人の空似か? そりゃ、世の中には似たやつが三人はいるとか言うけど、そんなレベルじゃない! でも、魔力の気配は感じないから、変装術みたいな魔術ものでもなくて……!?

 などと、ぐるぐると閉じた輪の中にいるような気分で考えていると、ダールと名乗った彼は衝撃の事実を、さも何でもないことのように告げた。


「あぁ、兄がいつもお世話になってます」

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