第1話 大握手大会・後編

「それでは、本日の主役を皆様にご紹介しますわね」


 きた。俺は大広間で挨拶をした姫の紹介で隣まで歩いて行き、頭を深々と下げた。う~、こんな緊張感はウォーデンの魔術学院で経験した会議以来じゃないかぁ? いや、あれ以上かもな?


「彼こそが、日頃私の護衛役を務めてくれている魔導師・ヤルンです。触れるだけで、魔力の有無を判断出来ますのよ」


 ほうっという、感嘆が漏れるような音が会場に満ちる。どきどきしながら見回すと、王都やその周辺から集まってきた子ども達は興味津々といった表情をしているが、連れている大人達の反応は様々に思えた。


 姫に目で合図を送られた俺は自己紹介を済ませ、不安が顔に出ないように引き締めてざっくりと説明を行う。

 集まった希望者の人数が人数だから、個々人への挨拶は省かせて貰うことと、直接手に触れるという二点が主な内容だ。これを了承して貰わない限り、何日経ってもさばききれそうにないからな。


「それでは始めましょうか」


 姫が下がり、代わりに護衛を買って出たココとキーマが後ろに控える形で奇妙な握手会は始まった。


 揉めるかと思った順番は、意外なことに決める必要が最初からなかった。貴族には絶対的な序列があり、子どもは家柄の順であっさりと並んだのである。

 理路整然とした動きに、あんなに小さいのにしっかりと教育されてるんだなぁと感心してしまう。


「よ、よろしくお願いします」


 最初の一人目は明るい髪色の女の子だった。おずおずと差し出されたその小さな手を軽く握り返した瞬間、ぴくりと体が震え、双子に触れた時と同じだと直感する。


 うぇ、やっぱり良い気分じゃねぇな。でも、あの時より弱いから魔力も少ないのかも? 念のために目を閉じれば「核」もちゃんと見えたため、俺が顔を上げて「ありますね」と伝えれば、女の子はぱっと顔を輝かせた。


「ほんとう? 私にも魔力があるの?」


 こっくりと頷いてみせると、今度は付き添いの父親らしき貴族の紳士が「君、本当かね」と聞いてくる。最初に並ぶくらいだから、かなり位の高い人物なんだろうな。


「ほ、本当です」


 答えながら、あ~、だよなぁとも思う。姫曰く、「結果を信じられる人限定」での開催にはしたらしいのだが、半信半疑の人も多いだろうとは予想していたのだ。


 だって、真実は俺以外の誰にも分からないのだから。他人からすれば、たとえ出鱈目でたらめを言われても確認のしようもない「占い」みたいな感じがするだろう。

 ちぇっ、信じられないなら、初めから検査薬を選べば良いのによ。どうしたもんだかな。


「お疑いなのですか?」


 戸惑う俺の後ろからキーマの声が聞こえ、剣の柄に触れる微かな気配がした。壁際に控えている騎士たちにもそれが伝わり、場には一気に緊張感が増す。おいおい、それはまずいだろ?

 女の子は怯えて親の後ろに隠れ、客人達にもざわめきが広がった。


「結果をお信じになれないのでしたら、どうぞご退室下さい」


 ココもかなりの強気だ。ふむ、じゃあこれはどうだろう? 俺は二人を手で制し、ならばと「あること」を試してみることにした。


「では、握手をさせて下さい」

「わ、私とかね」

「そうです」


 言って、父親に向かってすっと手を差し出す。彼は自分がチェックされるとは考えなかったようで、明らかな狼狽ろうばいを見せた。

 更に何かを重ねて言いそうになったので、それを許さず、多少強引に手をぎゅっと握りしめる。途端、すぐに娘の時と同じ反応があった。目を閉じて軽く探る。……間違いない。


「魔力をお持ちですね」

「まさか。私は魔導師ではない。今日も、娘がどうしても行きたいと願うから連れてきただけだ。幾らセクティア殿下の紹介とは言え、適当なことは言わないで貰おう」


 言って、手をぱっと振り払われてしまった。

 だろうと思ったぜ。親子でリアクションが全然違うもんな。それにしても頑なな御仁だ。今度こそ膠着状態かと思っていると、一度下がったはずの姫が位の高そうな貴族の紳士の前にツカツカとやってきて言った。


「私の護衛をお疑いなのかしら? 揉めている時間はないのだけれど」

「殿下……」

「お帰りになる? それとも……。そうね、こちらへいらして」


 姫は俺にウィンクをしたかと思うと、彼についてくるように促す。女の子がはっとしてこちらにやってきて、「騎士さん、どうもありがとう」とぺこりとお辞儀をして後を追いかけていった。


 まだ見習いだから「騎士」と呼ばれるのはこそばゆい感じだけれど、礼を言われるとやっぱり嬉しいもんだな。そう思いつつ彼らを見送った後、ココがひそひそ声で耳打ちしてきた。


「セクティア様、どうなさるおつもりでしょう? 大丈夫でしょうか」

「あぁ、問題ないって」


 どうなさるって、親の方に検査薬を飲ませて魔力の存在を実証したあと、カフスを売りつけるんだろうぜ? お買い上げ、ありがとうございます、だな。


「それじゃあ次の方ー」


 その後は、概ね順調に進んだ。

 予想の範疇はんちゅうではあったが、トラブルになりやすいのは「ないと思っていたのにあった」パターンではなく、「あると思っていたはずが、なかった」パターンの方で、結果を信じないと言い、怒って帰ってしまう人もいたくらいだ。


「こればかりは、どうしようもないね」

「だな」


 あとは、もう好きにして貰うしかない。ないからと言ってあるようには出来ないのだし、向こうにしたって、魔導師である俺に同情されても腹が立つだけだろうしなぁ。



 そんなこんなで、こうしてお姫様命名の「第一回・大握手大会」なる催しは大盛況のうちに幕を閉じた。……ってことにしておいてくれ、俺の精神衛生上。


「トータルの結果は3割くらいか」


 ココがこっそり付けてくれていた統計メモを見ながら、片付けがなされていく会場の隅で呟く。


「私達が兵士見習いとして剣士と魔導士とに振り分けられた時も、同じくらいの配分でしたから、きっとそれくらいの確立で魔力を持った子どもが生まれてくるんでしょうね」

「へぇ、面白い話だね」


 確かに興味深いデータかもしれない。そんなことを話していたら、急にキーマが「あぁ」と言って手を打った。なんだ?


「思い出した。今日の催しを見ていて、ずーっと何かに似てる似てると思ったら、あれだよ」


 ……おう。嫌~な予感がするけど、護衛をしてくれたお礼に一応は聞いてやろうじゃねぇか。何に似てるって?


「ヒヨコの鑑別作業だよ。ほら、オスかメスか見て判断するやつ。あ~、思い出せてスッキリしたなぁ」


 ヒヨコの鑑別だぁ!? 聞かなきゃよかった! 頭の中にピヨピヨという鳴き声が氾濫し始め、激しい後悔に襲われていると、ココがにっこり笑って追い打ちをかけてくれた。


「それでは、ヤルンさんはさしずめヒヨコ鑑定士ならぬ、魔力鑑定士ですね!」


 肩書はともかく、命名の由来が嫌過ぎる!

 俺はその夜、本当に延々とヒヨコの選別をさせられる夢を見てうなされることになるのだが、この時はまだ知るよしもないのだった。


《終》

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