第1話 大握手大会・中編
「悪いわね。こちらも、情報の出回る速さを見誤っていたわ」
「仕方ないっスよ。身から出た錆ってやつでしょうし」
数日後、姫の部屋に呼ばれて事情について説明された時も、そう応えるしかなかった。まぁ、ある程度予測はしていたことだ。的中して欲しくはなかったけどな。
「手を握るだけで有無が判るんだったら、希望する親は多いでしょうし?」
従来、魔力があるか調べるには検査薬を飲む必要がある。俺も徴兵された時に飲んだ無色透明の「あれ」だ。魔力が強ければ強いほど、強烈な体験をさせられる。
だから、兵役の12歳までは子どもに飲ませたがらない親も多いようで、7歳から入学可能な魔術学院の生徒数が増えない原因の一つにもなっていた。姫は面倒臭そうに溜め息を吐く。
「一度に纏めてやってしまうに限るわ。一応、
「助かります」
こちらとしてもそうでないと困る。もう双子の時のような騒動は懲り懲りだ。でもまさか、大人まで希望してくるとは思わなかったけれど。
「さぁ、第一回・大握手大会の開催よ。落ち込んでいても仕方ないのだし、こうなったら、ついでにカフスをして売りまくってやるわ。貴方も、特別手当を出すから頑張りなさい?」
「はぁ」
今日も本当にお元気そうでなによりです。っていうか第一回ってことは、来年以降もあるんですか、そうですか。俺の仕事って……もういいや。
時刻は真昼を過ぎ、太陽が傾き始める頃。豪奢なシャンデリアが下がる王城の大広間は、大量の人間とざわめきとで埋め尽くされていた。角度を変えた陽光が、細長く天井へ向かって伸びる窓から差し込んでくる。
宴などでは大量に並べられるテーブルや椅子、そして持て成しの料理なども今はなく、がらんとした広いスペースに貴族達が集まって「その時」を待っている。
周囲には、万が一に備えて騎士や宮廷魔導師が壁に沿うように配置されていた。
「なんだって、こんなことになったんだかな」
俺はその光景を入口付近から眺めて呟く。過去を遡(さかのぼ)って因果関係を探れば確かに理由は分かるのだが、気持ちがそれを受け入れるのを拒否している感じだ。
「もう一度説明しようかしら?」
「もう胸も腹もいっぱいデス」
がらり、と音を立て、数人の付き人を連れて入室したセクティア姫に、げんなりとした視線と共に返す。
今日の彼女は長く裾が伸びた薄紫色のドレスを纏っており、装飾品もいつもの3割増しくらいには着けて自身を飾り立てていた。その身からは、以前も嗅いだことのあるあの花の香りがする。
「まぁ、なんて素敵なのでしょう」
「本当にお美しいこと」
目にした貴婦人達がほめそやす声が耳に入る。
姫の複雑に編み込まれた青い髪は、頭の後ろで蝶を象った髪留めでぱちりと留められていて、本物の蝶が花にとまっているみたいだ。
毎日のように顔を合わせているというのに、その完成された美しさに見惚れていると、姫の連れの一人だったココが近寄ってきて「大丈夫ですか」と心配してくれた。
「まぁな。ここまで来たら、覚悟決めてやるしかないだろ?」
「私もフォローしますから、頑張りましょうね!」
「ん、フォローって?」
ガッツポーズを取って気合いを入れる姿に俺は首を傾げる。今日は姫の護衛じゃなかったのか? そんな疑問を感じ取ったのか、彼女は頼もし気に笑った。
「替わって頂いたんです。今日はキーマさんと一緒に、ヤルンさんの護衛をしますね」
「護衛って、何から守るつもりだよ。……あ? キーマも?」
「てことでよろしくー」
声がした方を見れば、騎士見習い服にしっかりと帯剣した姿のキーマが全然気合いが入っていない様子で立っていた。手をひらひら振っている。
「お前ら、俺に構ってないで自分の仕事をしろよな」
「わ、私は婚約者としてのお仕事をするんです!」
この勇ましいお嬢様は、一体何を見張るつもりなのだろうか。勢い余って客を吹き飛ばしたりしないだろうな?
「こんな面白そうなイベント、特等席で見ないと損でしょー」
「お前はマジで遊んでないで仕事しろっ!」
「しーっ、静かに。始まるよ」
姫がドレスの裾を揺らしながら大広間の上座に進むと、あれほど大きかったざわめきが少しずつ消え、ついには誰もが固唾を飲む静けさが場を包んだ。
彼女はそれを感じ取り、化粧をのせた艶っぽい瞳と唇に麗しい笑顔を浮かべて本日の客人達へと視線をゆっくりと流す。
「皆様、ごきげんよう」
やがて口を開けば、かなりの広さがあるというのに声が端から端まで浸み込んでいくように響いた。いつもながら、外も中も見事な化けっぷりだなと思う。見習うべき……なのか?
「突然の呼びかけにもかかわらず、お集まり頂けて嬉しい限りですわ」
そう、この特別な握手会の開催は、誰にとっても非常に突然だった。何事も迅速を良しとするお姫様は、今回もやると決めたら疾風の如きスピードで物事を決めてしまった。
『根回し? そんなものはごり押しで……じゃなくて、ちゃんとしてるから大丈夫よ』
きっと周りの人間が駆けずり回ってなんとかしているのだろうな。この人を見ていると、時々自分自身を見ているような気になるのだが、それは何故なのか。
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