第10章 魔術学会との共同研究編
第1話 大握手大会・前編
その日、セクティア姫の部屋を訪れると、執務室で何やら書き物をしていた。聞けば、仲の良い友人達と手紙のやり取りをしていて、今もそのうちの一枚を書いているという。
「あと少しで終わるから、悪いけれど待っていて頂戴。今、お茶を淹れて貰うから」
「あ、はい」
「あら」
ふいに姫の手が触れ、一枚の紙切れがひらひらと床に落ち、俺は足元に落ちたそれを反射的に拾い上げ、ついぺらりと開いてしまった。
「
隣にいたココはそう言って
手紙の上部に記された差出人の名は「魔術学会」となっており、ざっと読む限り、俺とココを寄越して欲しいという内容のようである。姫は面倒臭そうな口調で、「あぁそれ?」と言った。
「前に言ったでしょ? 学会が貴方達を寄越せって、何度も性懲りもなく言ってきているのよ。こちらは当然、受けるつもりはないから、断り続けているけれどね」
そうだったのか、全然知らなかった。てっきり騎士見習いになった時に、向こうも諦めたものだと思い込んでいた。
「あの、俺、ここに居ても良いんスよね?」
そんなに長い期間居たわけでもないのに、我ながらそこそこの騒動を招いてきたと思う。自分が原因のことも、そうでないことも、いずれにしろ俺がいなければ起きなかった事件だ。
思わず確認してしまうと、姫に呆れられてしまった。
「当たり前じゃないの。貴方、騎士になりたかったんでしょう?」
「それは、もちろん」
ガキの頃からずっと願い続けてきた、大事な夢だ。でも、兵士見習いになってから数年の出来事が脳裏にチラつくのも事実である。何処に行っても怖がられたり、避けられたりしてきた過去は変えようがない。
騎士見習いになってからもやり過ぎて、騎士団には危険人物認定されちまったしなぁ。そう零したら、姫は淑女に似合わず鼻で笑った。
「怖がられる、ですって? そんなこと、私がしたことがあったかしら?」
「それは……」
そういえば、なかったな。騒動と起こすたびに怒ったりするし、ココの暴発というとんでもない現場に居合わせた経験もあるのに、このお姫様は驚きつつも結局は笑って許してくれたっけ。
姫はペンをインク壺に刺すと、「何度も言わせないで」と強い調子で断言した。
「貴方は私が何年も待って、ようやく迎えた護衛役なのよ。手放すつもりは一切ありません。そもそも、王命が下った今の貴方には選択肢なんてないでしょう?」
言われてみればそうだった。俺は笑って「了解っス」と返事をし、隣ではココがくすくすと小さく笑い声を立てる。
「ふふっ、良い返事ね」
確かに何度も助けて貰ったし、今手の中にある手紙についても同様だ。これまでだって色々な人達にフォローされて、ここまで来てるんだよなと思う。
そのことに安堵を覚える一方で、別の気持ちが沸き上がってくるのも事実である。
「話は済んだわね? そんなことより、明日は頼むわよ?」
「う……」
姫の言葉に忘れたかった翌日の予定を思い出し、俺は呻き声を漏らした。
◇◇◇
きっかけは双子の着けているカフスだった。
「まぁ、王子様、それは何ですの?」
二人と一緒に室内で遊んでいた誰かが声をあげ、入口で護衛の任に就いていた俺はどきりとした。見れば、二人よりは幾つか年上の女の子が、思った通りシリル王子の耳をしげしげと眺めている。
彼女はセクティア姫と親しい貴族が連れてきた娘の一人だった。今日は仲の良い数人で集まって、親達は子ども達から少し離れたテラスでお茶の真っ最中だ。
小鳥のように囀りあいながらも、耳をそばだててみると、実は城の内情などの結構シビアな会話をしているのが分かる。表の煌びやかさに反し、ここはなかなかの魔窟なのだ。
俺は聞かなかったことにした。今はそれどころじゃない。
「あっ、王女様とおそろい!」
別の女の子が言い、他の子達も興味津々で見詰め始めた。うーん、やっぱり隠せないか。目立たないようにと極力小さめに作ったつもりだが、特に髪の短い王子のカフスは人の目についてしまう。
そして、片方が着けていればもう一方のディエーラ王女のものも自ずと、というわけだ。二人は読んでいた絵本から顔をあげ、声を揃えて言った。
『とくべつなかざりだよ』
あーうん、間違ってはいないな。そのカフスは二人だけに作った特製の魔導具で、『これなに?』と聞かれた時に他に言いようがなくて、そう教えてはいた。でも、それをそのまま誰かに伝えられると、ちょっとまずいような気がするんだが。
「とくべつ……? 素敵! 私も欲しいわ」
「私も!」
ってなるよなぁ。あちゃあ、もっと違う答え方を考えて教えておけば良かったか。でも、どう転んでも結局は同じな気もするんだよな。そして、会話は当然の流れに帰結するのである。
「それ、どこで手に入りますの?」
うわぁ、最悪のタイミングだぜ。思わずさっと顔を逸らしたが、そんな些細過ぎる抵抗でどうにかなる状況でもない。双子は顔を見合わせると、俺のところへ一直線にトテトテとやってきて、同時に指をさした。
『やるんがつくった』
あわわわ、どストレートに言っちまったよ! どうしたもんだか、ううーん? ……駄目だな、ここから上手く誤魔化す手段なんか思いつかないっての!
「えぇ? その人は護衛の騎士さんでしょう?」
「飾りは職人が作るものですわ」
「王子様も王女様も、嘘はだめなのよ?」
遊び相手の女の子達に口々に嘘つき呼ばわりされ、双子はとても憤慨したらしく、突っ立っている俺の両腕にしがみついて『うそじゃない!』と叫んだ。
「ふ、二人とも落ち着いて……」
もしもカフスがなかったら、魔力を暴走させてでもいそうな現場にハラハラする。良かった、ちゃんと機能はしているようだな。なんて胸をなでおろしている場合じゃないか。
『やるんがつくったのー! ねっ!?』
「そ、そうですね」
二人を嘘つきのままにしておくわけにもいかず、俺はしぶしぶ頷いた。正直、その後のことは怒涛過ぎて、全てをはっきりとは覚えていない。
女の子達が双子と同じ飾りが欲しいと親にねだり、そこからカフスのことが貴族達にあっという間に知れ渡ることになり、では、そもそもどうして王子達が魔力持ちだと判明したのかに言及されてしまい……。
彼らが「俺」という存在に行き着くまでに、それほど長い時間はかからなかった。
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