第7話 茨型の刻印・後編

「あぁ、そうです。ヤルンさん。ちょっと、じっとしていてくださいね」

「へ?」


 急にそう前置きしたかと思うと、ココは何かの呪文を唱え、繋いだ手をくいっと引いて、俺の左手首に自分の唇を軽く押し当ててきた。

 え? ええ、ええぇぇぇええっ!? 「あら」という姫の驚く声がする。


「ちょっ、ココ、いきなり何するんだよっ!? ……あ、熱っ!?」


 彼女の予期せぬ大胆な行動に驚いて手を引っ込めようとしたが、ココはぎゅっと握って離してくれず、その間に口付けられたところが熱を発し始めた。


「く……っ!」


 まるで焼き印でも押し当てられたみたいだ。いや、幾らガキの頃はやんちゃだったと言っても実際に押し当てられたことはないけどな? じゃなくて、とにかくやたらめったら熱くてじんじん痛い!!


「大丈夫です。すぐに終わるはずですから」


 その言葉通り、熱さは数秒で去った。詰めていた息を吐き出し、再び手首に視線を向けると、そこには本当に焼き印を入れたかの如く、茨の蔓を模した黒いシルエットが手首を一周するように刻まれていた。


「はぁ。これは……?」

「説明は後でしますから、先に私の手首にもお願いしますね」

「へ、『お願い』って? ……なっ」

「あっ、手を放すと最初からやり直しになってしまうんです」


 言って、ココは自分の右手をぐいっと俺の顔に近付けてくる。やっぱりか! なんだか知らないが、こういうのって普通は二人きりの時にするもんじゃねぇのかよ? ギャラリーの視線がぐっさぐさ刺さってくるんだけど!


「さっ、一息に!」


 お酒の一気飲みじゃないんだから。ムードもへったくれもあったものではない。どれだけ抵抗しても無駄そうだと、俺は仕方なく同じ行為を返した。一気に耳までが熱くなるのを感じる。


 この前は「ちょっとずつ」って言ってたくせに、尺度が違い過ぎる! 内心で叫んでいる間にココが目をきつく瞑って熱と痛みに耐え、それが去ると同じ印が現れた。


 ココが命にかかわるような危害を加えてくることはない、程度には信頼しているが……これは十分に危害だろ!

 鼓動をどう抑えればいいか、ひとり悪戦苦闘していたら、未だ繋いだままの手からココが魔力を幾らか吸い取った感覚がした。つられて体の熱もひいていく。


「落ち着きました?」

「あ、あぁ」


 にこりと笑って、彼女はようやく手を放してくれたけれど、いつもと何かが違ったような気がした。それに、俺の魔力を受けたココの方にも苦しそうな様子は見られない。

 もしかしなくても、手首の刻印これのせいだよな?


「なぁ。これ、何なんだ?」

師匠せんせいに教えて頂いた魔術印です。使うと、相手の魔力が自分の物に変換出来るんだそうです」

「へぇ」


 それは凄い。苦しまずにやりとりが出来るなら、実質二人分の魔力を使えるのと同義だからな。二人で取り組む共鳴魔術の方が威力は上だろうが、活躍の場面はありそうだ。


「他にも、とんでもなく遠くでなければ、お互いの居場所が分かるようになるんですよ」

「それ、ココの方はメリットなくないか? 今のままでも十分だろ」


 ココは首を横に振り、自分ばかり分かるのは公平フェアではないと言った。


「転送術を覚えたので、もっと活動範囲が広がると思うんです。街の外までは、さすがに魔力感知では分かりませんから」

「成程な」


 そう言いながら、のんびりとお茶を楽しんでいる師匠を見る。あまりに静かだから存在をすっかり忘れていた。視線に気付いたじいさんがこちらを向く。


「ココが、『婚約の証になるような術がないか』と聞いてきたのでな」

「……」


 むむ、前にそれらしい話はしていたっけか。本当に探して実行するとは思わなかった。でも、じいさんが単なる祝いや餞別の気持ちで術を教えるわけがない。十中八九、俺の使える魔力を上げるためだろう。

 どうせ、増加しなくなったのならば余所から調達すればいい、なんて魂胆だな? すると、次に口を挟んできたのは姫だった。


「前から感じていたけれど、ココって結構大胆なのね。そういうことは騎士ナイトにして貰うものじゃないかしら?」

「? 私、見習いですけど、騎士ですよ? ……ヤルンさん、どうかしました?」


 どうかした、じゃない。色々と事情説明をして貰い、一応は飲み込んだ。しかし、だからと言って今しがた味わわされた諸々の心地を忘れたわけではない。俺はゆらりと椅子から立ち上がった。


「ったく。こんなことをするんだったら、前もって教えろよな」

「す、すみません」

「本当に驚いたんだからな」


 他のヤツだったら、問答無用で殴るか蹴り飛ばすかをしているくらいにはビビった。ココにそんな反撃をするわけにはいかないからと、代わりに右手を伸ばす。


「えっ。あ、あの……?」


 する方は平気なのに、される方は免疫がないらしい。彼女は座ったまま、戸惑い気味の顔を赤らめて身を縮こまらせる。一体、何をされると想像しているんだか?


 俺の指先は顔ではなく、さらりとした青い髪をかきあげた。ココが目を大きく見開くのを確認してから、「びっくりさせられたお返しだ」と予告し、左耳のカフスをきゅっと握る。


「はわっ? はわわわわわっ!!」


 魔力を抑えるための魔導具であるカフスは、使用中に他人に触られると誤作動を起こす。彼女は突如全身を襲った感覚に目を白黒させ、不思議な叫び声を上げたのだった。


《終》

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