第7話 茨型の刻印・前編
『やるんー』
「ぅえっ? な、なんで……!?」
ある日、護衛の仕事に就いていた俺は、トテトテやってきたシリル王子とディエーラ王女のセリフに戦慄した。激しく動揺させられたのは、名前を呼ばれたという事実そのものに対してだ。
何故だ? どうして俺がヤルンだって二人には分かったんだ? この「変装」した姿の方じゃあ、まだ名乗ってないのに……!?
『ねー、びりってしてよー』
「うーん」
年中を通して様々な花が咲き誇る美しい庭園。そう、数年前、セクティア姫とのある意味で運命的な再会を果たした場所だ。
その一角に設けられたスペースで、今日も今日とて俺達は姫のお茶のお相手をしていた。
白いクロスがひかれた丸テーブルに着いているのは主催者たる姫と、俺とココと師匠の四人で、あとは幼い双子が俺にじゃれ付いている。ぐいぐいと二人がかりで引っ張られて、黒いローブの裾が伸びてしまいそうだ。
『ちょっとだけ、ちょっとだけ』
「ちょっとだけって……」
その合間をシンと始めとする使用人達がしずしずと行き交い、お茶やお菓子を出してくれる。本日のお茶請けは果物が挟まれたロールケーキだった。
一流の菓子職人が拵えたそれは決して甘過ぎず、添えられた甘酸っぱい果実との相性もすこぶる良い。あぁ、旨い。
『やってやって』
よく似た顔の王子と王女は飽きもせず、足元から二重奏でせっついてくる。はぁ、参ったな。っていうか、そんなにゆさゆさと揺さぶられたら、ノドに詰まるっての!
「っ! げほげほ!」
「だ、大丈夫ですか?」
びっくりしたココがお茶を差し出してくれ、まだ熱いそれをちびちび飲んでノドにつっかえたケーキの欠片を押し流す。……あー、死ぬかと思った。騎士見習いとして、こんな無様な死に様だけは絶対に御免だ。
『もー、やるんてばー! はやくぅ!』
しかし、双子は俺をあの世に送ろうとしておきながら全く反省する様子はなく、いよいよわぁわぁ騒ぎ始めてしまった。
「師匠。これ、どうすりゃ良いんスか?」
「そうじゃのう」
二人の言う「びりっ」というのは、以前に俺が魔力を調べた時、彼らが味わった感覚らしい。非常に困ったことに、あれ以来、会うたびにこうして同じことをしろとせがんでくるのである。
「下手に刺激しては、どう作用するか分からぬからのう」
だよなぁ。師匠の言葉通りなら、発現前の魔力を感じ取る力は普通の魔導師にはないらしい。つまり、前例がないから結果がどうなるのかも分からない。
だいたい表現が「びりっ」て、どう聞いたって明らかに痺れてるだろ。そんな
双子は『むー、けちー』とムクれ、今度はココに構って貰おうとし始めた。
『ここは?』
彼女も何度か顔を合わせるうちに二人と打ち解け、抱え上げることが出来るようになった。今も楽しそうに王女を膝に乗せ、王子の頭を撫でてやっている。
「すみません。私には出来ないんです」
『むぅ』
そんなやり取りを横目に、「それに」と師匠が続けた。
「先日の一件は兆候と言えようの」
「やっぱり」
魔術で「変装」した自分を見た二人には一切の迷いや躊躇いがなく、俺だと固く確信している様子だった。けれど、どうして分かったのかと聞いてみても、本人達もうまく説明出来ず、真相は謎のままだ。
「普通は分からないものなのよね?」
ずっと黙ったまま話に耳を傾けていた姫が言い、俺はこくりと頷いた。
「そうスね。魔力のない人には見抜けないはずです」
魔力を纏うから、魔導士ならば術の気配は感じられるだろうが、正体まで見抜くには、ココのようにかなり高い感知能力がないと難しい。
俺にも無理だしなぁ。いや、待てよ。極度に近寄るか、直に触れるかすれば分かるかもしれないな? 今度、ココやキーマに実験に付き合って貰おうか。
「あー、それとも俺の『変装』って分かりやす過ぎスか?」
「どうかしら……」
違和感が強いと嫌だなと思って、あまり大きく変えたつもりがないので、その可能性もある。魔導師以外の意見を知りたくて問いかけると、姫は口元に手を当てて目を細め、こちらをじっと見つめてきた。
二つのシルエットを頭の中で重ね合わせているのだろう。まるで面接を受けているみたいな気持ちになり、ごくりと唾を飲んでしまう。
「正体を知っているから、全くの公平な視点では言えないけれど、ちょっとやそっとでは気付けないと思うわよ。だって、その辺りの女の子を見て、『あぁ、実は男の子かもしれないな』なんて考えないでしょ?」
「んな危険思想の持ち主がいたら、速攻で檻に放り込んで置かないと気が休まりませんよっ!」
相変わらず、なんと恐ろしいことを平然と口にする人なのか。完全に聞く相手を間違えたぜ。
いずれにしろ、前に姫には子ども達の将来について、時間があるからじっくり考えれば良いと言ったのだが、予定を大幅に前倒ししなければならない可能性が出てきたことになる。
王子達はお昼寝の時間を迎え、侍女達に抱きかかえられて行ってしまった。ココが残念そうな顔でそれを見送っている。お茶を新しく入れ直して貰ったところで、姫はまたしても特大の爆弾を投下してくれた。
「ところで、聞きたかったことがあるのよ」
「なんスか?」
「二人の仲はちゃんと進展しているの?」
「はいぃっ!? 何を藪から棒に!」
「えっと、その」
慌てまくる俺の横で、ココもどう答えて良いのか迷い、顔を赤くしながら言葉を探している。
「あら、その様子じゃ大した成果は望めそうにないわね」
「成果って!」
「あの、実は何をどうしたら『進展した』と言えるのか、良く分からなくて。本を読んで勉強はしているんですけど」
「べ、勉強っ?」
一体、どんな本で何を学んでいるんだ? 怪しい薬の作り方とかじゃないだろうな。
「当然、手くらいは握ってるんでしょ?」
「手は良く握りますよ?」
「えっ、あ」
絶対に意味が違うよなー、と思う間にも、ココは手を伸ばして触れてきた。毎日、訓練や仕事に明け暮れているのに、握ってくるそれは念入りに手入れをしているようで、スベスベとした触り心地だ。
う~、静まれ、俺の心臓……!
「魔力は大丈夫みたいですね」
「それじゃただの健康チェックじゃないの……」
そーっスね。と思っていたら、本当の試練はこれからだった。
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