第6話 武具屋での再会・後編

 ルリュスが案内してくれたのは本当に「すぐそこ」で、斜向かいの宿屋が経営するオープンカフェだった。適当に飲み物を注文し、端のテラス席に三人で座ると、すぐに会話を再開してきた。


「それで? そもそもどこでお姫様と知り合ったの?」


 うわ、そこからかよ。キーマをちらりと見遣ると、苦笑気味だった。うん、そういう顔になるよなぁ。

 俺達はあちこちをごっそりと端折りながら衝撃的なエピソードを語って聞かせた。全部話していると、日が暮れちまうからな。


「……ってわけでさ。こっちも気が付いたらこうなってた、としか言えないんだよ」


 話し終えると、それだけでぐったりと疲れてしまった。たった数年の間に、よくもまぁあれだけの事件や事故が起こったものだ。振り返ってみて、自分でもビックリしてしまう。


「へぇ、聞けば聞くほど物語みたい。騎士になるための参考になればと思ったけど、無理そうだなぁ」


 半分以上は師匠とお姫様のせいだから、他人の参考になどなるわけがない。「悪いな」と詫びると、首を横に振られた。


「ううん。真相が聞けただけで満足。あ、周りに言いふらしたりしないから安心して」


 そこは大丈夫だろう。サバサバした性格で、無心に騎士を目指すルリュスが下世話な真似をするとは思わない。だからこそ、こちらも話したのだ。それより、俺は気になっていることを聞いてみることにした。


「なぁ、前は『女に見られたくなくて髪を短くしてる』って言ってなかったか? 何年かの間に、結構伸ばしたんだな。あ、その、似合ってるとは思うけどさ」


 最初、すぐにルリュスだと気付けなかったのは、その髪形のせいだった。どんな心境の変化があったか、つい知りたくなったのだ。長い髪を切った理由は聞き辛いが、逆ならば大丈夫だろう。


「あぁ、これ? ちょっとね。ほら、あたしもやっぱり女だし……。兵士の仕事中は邪魔だから固めに結ってるけどね。じゃないと、ひっかけたりして大変だしさ」

「あー、分かる。あれ結構痛いんだよなー」

「え? そんなに短いのに?」

「あ」


 しまった……! 怪訝な声に、スーッと背筋が冷える。とんでもない墓穴を掘ったことに気付いたのだ。おいこらキーマ、「あちゃー」って顔するんじゃない! し、仕方がない。この場は適当に誤魔化そう!


「あ、あるんだって! 短くたって、ほら、木登りした時とか? 枝にひっかけるともう痛くて痛くて」


 もっとマシな嘘があるだろ俺! 我ながら適当過ぎて、心の底から泣けてくる。当然、ルリュスは更に微妙な表情になった。冷えた飲み物を片手に、こちらを見る顔には「胡散臭い」とバッチリ書いてある。


「木登り? もう騎士見習いなんだし、そういうのは卒業したら?」

「お、おう。そーだよなっ!」

「……?」


 隣でキーマが必死に笑いを堪えて震えていたので、足を思い切り踏ん付けてやった。



 そんなことがあった直後に武具屋に戻る気にはなれず、俺は日を改める旨を告げ、すごすごと退散した。帰り際、キーマが疲れ切った肩をポンと叩いてくる。


「お疲れ。す、凄まじい失敗だったねぇ……くくく」

「うるせぇな、なんでフォローしてくれなかったんだよ」

「だって。面白過ぎて、笑いを堪えるので精一杯でさ……あはははは」


 ぬぐぐ、なんて友達がいのないヤツ! こんなことならココと来れば良かったぜ。剣についての相談は出来なくても、人を馬鹿にして嘲笑わらったりはしないからな。女性同士、ルリュスとの会話も弾んだだろうし。


「決めた。もうお前となんか、一切出掛けない。何処にも誘わないし、来ようとしても魔術で追い返す」

「え、えーっ!?」


 むすっとして言ってやったら、キーマは笑いを引っ込めて慌て始めた。


「そんな。それじゃあ人生の楽しみが半減、いや、8割減だよ!」

「お前の人生の配分はどーなってんだよ!?」


 むしろあとの2割は何だ、物凄く気になる! でも今、そこに食いついたら相手の思う壺である。我慢がまん……!


「ちょっと待ってって!」

「とにかく、この前みたいに遠出する時も、次からは絶対に置いていくからな。師匠だって、俺が『訓練の邪魔になる』って言えば連れていかないだろうし」

「だから待ってってば! 悪かった。ちゃんと謝るからさ!」


 キーマがこれほど焦るなんて珍しくて、見ていてちょっと面白くなってきた。でも、つまりはそれだけ俺の一挙手一投足を、人生の生きがいにしているってことだよな? ……度し難し!


「許すまじっ!」

「そんなー、ヤルン様ー! どうかお許しを~!」


 俺のふつふつと煮え滾る怒りは、その後キーマが新品の剣を献上してくるまで続いたのだった。


《終》



 ◇ルリュスは「第三部 第五話 魔導士と弓士」に出ていた女の子です。

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