第5話 失われた技術の習得
結論からいうと、全ての過程を終えるのに俺達は3日という期間を要した。
術におかしなところはなく、師匠による点検自体はすぐに終わったのだが、その全容を俺が理解しきるのに日にちがかかってしまったのである。
結果、部屋に雑魚寝しながらの作業になった。といっても、ココはちゃんと与えられた客間のベッドで休んでいたし、いても仕方がないキーマは日中あちこち探検していたみたいだが。
文字はいつも呪文に使っている古代語だから、読めばすぐに分かった。分からなかったのは「魔術陣」と師匠が呼ぶ円や記号の方だ。
初めて見るものだったせいで、何がどう組み合わさっているのか、覚えるのに非常に苦労した。
「うへ、頭がパンクするぜ……。書き残しておいて、後で丸覚えじゃ駄目なんスか?」
舌を出しながら弱音を吐いたら「馬鹿者」と叱られた。でも魔術陣は光っているから目がチカチカするし、ずっと見ているのも辛いんだけどなぁ。
「これはかなり基礎に近い配列なのじゃぞ。実物を見て知っておかないと、勘が養われぬ。今後、お主自身が困ることになろうて」
「今後? ここの他にも魔術陣があるのか?」
そう首を傾げたら、師匠は、今度は呆れ顔をした。
「何を言うておる。地上の城に張られた結界も、地下に
「えっ? あれって魔導師の皆の力で張ってあるんじゃあ」
ココも隣で目をぱちくりさせている。だって、俺達も助手になった頃くらいからずっと張ってきたのだ。あれは確かに魔導師の力だよな……?
「要がなければ、幾ら展開したとて纏まりはせぬ。普通の結界とはサイズが違うから、当然、媒体が必要となる。そもそも城というものは、築く前に魔術陣を設置することから始めるものなのじゃ」
そして、それを守るのが代々の城主の大事な使命らしい。王城でいうと歴代の国王ということになる。へぇ、世の中ってのは存外不思議に出来ているんだな。……あれ?
「そうなら、どうして俺達はずっと教わってこなかったんスか? 一定レベル以下の魔導師には秘匿された技術だった、とか?」
根本的な疑問をぶつけると、じいさんは首を横に振り、「失われた技術だからじゃ」と応えた。
「以前に、魔術のなりたちについて語ってきかせたことがあったじゃろう? 雑多だった魔術を、後の魔導師達が系統立てて今の形になったとな」
「以前」って、いつのことだよ。首を捻って思い出そうとしていると、ココが「ちょっと待ってくださいね」と言い、魔導書をペラペラと遡って該当するページを見せてくれた。
って、この日付、まだ兵士見習いの頃じゃねぇか。んなの、サラっと思い出せるわけねぇだろッ!
「ふぅむ。お主の記憶力は低過ぎるのう」
「アンタがなんでもかんでも詰め込もうとするからだろが!」
「とにかくじゃな。創られた全ての術を網羅することなど不可能じゃったから、零れ落ちた技術も数多存在しておっての。そのうちの一つが、この『魔術陣』というわけじゃ」
現在では遺物か、魔術陣を生み出した魔導師の後継者がほそぼそと作るものしか存在していないらしい。ちなみに師匠はそんな後継者の一人に教わったそうだ。俺は正直げんなりした。
「要するに超マイナーな術ってことだろ? 専門の職人の仕事じゃねぇかよ。なんで覚えなきゃいけないんだか」
あぁ分かってる。師匠の術を全部覚えろって言いたいんだよな。でも、最近思うんだが、この調子じゃあ覚えきる前に俺の人生がエンディングを迎えるんじゃないのか?
「助かったぜ。これは礼だ」
全ての行程を終え、へとへとの俺達を労ったルーシュはそう言って硬い物が入った布の袋を師匠に手渡した。じゃらりと音がしたところからすると、硬貨のようだ。しかもかなりの量があると見た。
成程な、こうやってじいさんは副収入を得ていたのか。道理で金に困っている様子がなかったわけだぜ。
……ってことは? スウェルの領主サマへの借金は、あそこに居残るための理由が欲しかっただけの可能性が高いな? 王城勤めするの、面倒くさがってたし。まったく、本当に手に負えないじいさんだな!
「いつもは、どうやって誰にも気付かれずに出掛けていたんだろうね?」
キーマの挟んだ疑問も今回の遠出で答えが判明している。恐らくはココの分身を作ったみたいに、自分の分身に留守を任せていたのだ。師匠ならそれだけ精巧な
「自分の魔力で作れば気配も変わりませんから、余程の術者でなければ気付かないでしょうね」
「あぁ、納得」
「おっと、これを忘れるところだった」
「おお、確かに頂きましたぞ」
お金を受け取った師匠に、ルーシュは次いで青い小瓶を渡す。中では濃い色の液体が揺れていた。なんだ、あのフォルムは薬か? おい、またヤバいブツじゃねぇだろうな。
「師匠、それは?」
「この後で必要になるものじゃ」
じいさんはそう言って懐にさっさと仕舞い込んでしまった。この後ってなんのことだ? けれども、結局明かされないまま、「それでは帰るぞ」と言われてしまった。
「か、帰るって、まさか、またあれでか!?」
「それほど多量の知識を授けたつもりはないのに、よほど頭が回っておらぬようじゃな。転送術に決まっておろうが。早ぅせい」
「あ、そっか」
俺はポンと手を打った。行きは目的地が分からなかったけど、帰る場所ははっきりしてるから術が使えるんだな。つうか、十分「多量の知識」だったっつの。はぁ、帰ったら復習をやらされるんだろうなぁ。
「んじゃ、ココ。準備は良いか? 目的地は俺の部屋な」
「はい」
「ばいばーい!」と元気よく手を振るイリス達に見送られながら、こうして俺達は空の城をあとにしたのだった。
「もう、3日間も勝手に何処に行ってたのよ!」
『すみません……』
時刻は夕暮れをとっくに過ぎていた。驚いたことに、帰ってみたら俺の部屋の入口にはなんと見張りが立てられていて、着くなりセクティア姫のところに揃って連行されてしまった。
なお、入口にはレストルとココの分身が立っている。分身、まだ魔力が残っていたみたいだな、良かったー……じゃないぞ。今は自分の身の心配をしなくては……!
「えぇっと、これには事情がありまして」
「その『事情』なら手紙で読んだわ。でも、あんなぺらっぺらの内容で誰が納得すると思うのかしら? ココの分身を見た時、心臓が飛び出しそうなほど驚いたんだから!」
『すみません……』
俺達は立たされたまま平謝りするしかなかった。あぁもう師匠! 一番の元凶が何涼しい顔してんだ、この状況をなんとかしろってば! ぎっと睨み付けたら、じいさんは「まぁまぁ」と姫の怒りを宥めに入った。
「断りもなく城を出たことは平に謝りますゆえ、これでお許し頂けませぬかのう」
と、懐から出したのはあの青い小瓶だった。途端、吊り上がっていた姫の目の端がぴくりと動く。おっ?
「あら、それは?」
「ほんの手土産です。どうぞ、お収めくだされ」
姫は受け取り、栓をポンと抜いて手で仰ぐようにして香りを確かめた。すると、「これは!」と表情を驚きに染め、そっと目蓋を閉じる。おおっ?
「……仕方ないわね。護衛の仕事に穴を開けたわけでもないし、今回だけは許しましょう」
おおおっ、なんだか分からんが凄い効果だな! 助かったー!!
「でも、今後もし同じことがあったら、分かっているでしょうね? それと、詳しい事情説明もして貰うわよ。明日またいらっしゃい」
というわけで、師匠の策により俺達はなんとか命拾いをしたのだった。
《終》
◇師匠が語ったのは「第1部・第10話 ソボクな疑問」の中盤以降の内容です。
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