第4話 巻物と古き物語・後編
部屋にいる全員の視線を受け、しかし、じいさんはちらりとイリス達の方へ視線を向けただけで、「まぁ待っておれ」と静かに拒否を表した。
「実物を見せた方が、話が早いからの」
ちぇっ、またお預けかよ。そう思って口先を尖らせていたら、がちゃりとノブの回る音がして誰かが入ってきた。どこかに行っていたルーシュが戻ってきたようだ。
「持ってきたぜ」
彼は入って来るなり、言葉と共に師匠に細長い何かを差し出す。なんだろう、大人の手首よりも太く、長さは片手で扱えるほどの……巻物?
なんとも古めかしい記録媒体だ。最早、王立図書館の書庫からだって失われつつあるってのに、まだ現役で利用されているとは。
「早速拝見しましょうぞ」
青いそれを受け取った師匠は、まずはあちこち向けて状態を念入りに確かめた。一通り異常がないことを確認し終えたら、今度は本体に巻きついた黄色い紐をするすると解く。
途端、広がった気配に「これは」と俺の口から声が漏れた。
「何かの術が刻まれているみたいですね」
ココも探るように目を細めて見詰めている。封印を解かれた巻物はテーブル上に紙面を晒し、その内容は、系譜のような何かに見えた。キーマが言う。
「家系図ですか?」
「そうじゃ」
家系図って、家族の繋がりを先祖から延々記すあれか? さすが、古い家には由緒正しいものが残っているんだな。なら、巻物という古い形でも全然不思議ではないか。
しゅるしゅるしゅるっと音を鳴らし、長いそれはテーブルに広がって下へと流れていく。最も奥には一番最初の人物と思われる女性らしき名が書かれ、その傍らには詩か物語のようなものも添えられていた。
「良く読んでおくようにの」
「え、これを?」
師匠に言われ、面食らう。俺はハーブティーを一口飲み、手が触れないように脇へ避けてから読み始めた。ざっと纏めるとこうだ。
昔、長い時を生きてきた一人の吸血鬼がいた。……これはルーシュやイリスの先祖の話だろうか。とにかく、その吸血鬼は放浪の末に一人の人間と出会い、一緒に居て欲しいと願われる。
そこまで読み終えたところで、ちらりとフォルトへ目を遣った。イリスの後ろに立つ青年は人間に見える。この物語の「人間」は、きっと彼の祖先だ。
吸血鬼と人間は共に暮らし始め、人間は伴侶も得て家族を増やしていくが、ここで話は少し転調し、暗い影が忍び寄り始めた。
「悲しきは、人間の儚さ」という一文が重く感じられる。
吸血鬼は涙を流すも、傍らにはその人間の子ども達がいて、自分達が約束を守っていくと誓う。そして彼らは地上を捨てた。未来永劫、約束が破られることのないように……。
最後の一文だけは少し雰囲気が違っているように感じ、俺は思わず声に出して読み上げていた。
『たとえ契りが地上との永遠の決別を意味しようとも、この城が落ちることは決してない』
――これ、呪文だ!
そう気づくのと同時に、触れていた紙面にずわっと魔力が吸われる感覚がした。巻物がひとりでにふわりと浮き上がり、それを中心として円や記号、文字などが光となって浮かび上がる。なんだこれ、何の術だ?
「この城を空に誘う要じゃよ」
師匠が言い、今や部屋中に広がったそれをしげしげと眺め始めた。これが術の要であるなら、「メンテナンス」ってのは、これの点検作業のことか?
「ふむ、ここは問題ない。こちらも大丈夫なようじゃのう」
「なぁ、これ何なんだよ、ちゃんと教えてくれっつの」
放置されるのがシャクでせっついたら、じろりと睨み付けられた。ふん、どうせ「邪魔するでない」とか言うんだろ? と思ったら、返事は全然違うものだった。
「何を呑気なことを。さっさと手伝わぬか。わしの跡を引き継ぐのは弟子であるお主なのじゃぞ。覚えて置かねば困るであろう」
「……なっ、何だとーっ!?」
これを、引き継ぐ!? 何を突然、人の仕事を増やしてくれてんだよ! でも、幾ら文句を並べ立てたところで、じいさんは一度決めた方針を転換してくれる人物ではなかった。
「はー。ったく、いつもいつも……!」
「静かにせいと、何度言われれば覚えるのじゃ? ほれ、ここから見てみよ」
「あっ、私にも教えて下さい!」
ココと共に仕方なく師匠の傍に寄り、俺達は一からそれ――「魔術陣」を教わり始めるのだった。
《終》
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