第9部 古き技術と新しき兆し編
第9部・第1話 身が縮む話・前編
その日、朝起きたら大変なことになっていた。
「え? ……はっ? はあぁぁあ!?」
手が、足が、体全体が、明らかに縮んでいた。
ゆ、夢か? でも、念のために頬をつねったら痛かった。痛みがある夢じゃない限りは現実だ。
次に、机から手鏡を引っ張り出してみる。寝間着はダボダボで、足の長さが足りないためにベッドから降りるのに苦労したし、腕が短くて引き出しを漁るのにも手間取った。
「げ、マジで小さくなってる……!」
ざっと見た感じでは7・8歳くらいか。軽く10歳は若返っている計算になる。いやいやいや、この年で若返っても全然嬉しくないから!
「なんだよこれ、何がどーなってんだ!?」
昨日はいたって普通の一日だった。変な物を食べたり、妙な薬を飲んだりした記憶もないし、寝る直前も特におかしなことは何もなかった、と思う。
じゃあどこに、こんな恐ろしい大事件を引き起こすトリガーがあった?
……もしかして。ふいに体の外側ではなく、内側が気になった。こんな意味不明な事態を招く原因と言えば、真っ先に思い付くのは魔力だ。そう思い、立ったまま目を閉じる。
「……やっぱり」
明らかに増え過ぎている。訓練などで毎日消費しているけれど、きっと回復のペースに追い付いていなかったのだ。それに、自分を深く探ってみて他に解ったこともある。
この小さな体が本物ではなく、幻だという事実だ。子ども化してしまった今の姿はいわば変装術がかかっている状態のようだった。良く見れば、小さな身に重なるようにして本来の姿が確認出来る。
「ったく、またかよ……!」
ひとり毒づく。「また」というのは、以前にも似たような事件があったのだ。その時は小さくなったのではなかったが、外見が違う以外はほぼ同じ症状だった。
とにかく、本当に縮んだんじゃなくて良かった。そして、原因さえ分かってしまえば芋づる式に体から漏れている魔力の流れも感じ取ることが出来た。
理屈でいえば、その流れさえ止めてしまえば元に戻れるはずなのだが……。
「ん、んん~! ……やっぱ無理か」
じわじわと消費されるそれは、自分のものなのに自分の意に沿ってはくれない。これまた前の時と全く一緒である。
「はぁ。んじゃ、こっちはどうだ?」
止められないのならと、今度は逆に増やしてみる。こちらはうまくいった。変装術の範囲を体のみでなく服にまで広げることで、今の手足にぴったりのサイズに変えたのだ。
「よし、とりあえずこれで……って、全然良くねぇっつの」
一度冷静になろう。再度ベッドにのぼって腰かけ、短い腕を組んで思案する。
悪さをしているのは増え過ぎた魔力だ。多分、危機を覚えた体が勝手に消費する方法を判断して、こんな現象を起こしたんじゃないかと思う。
「呪文も唱えてないのにな……」
呟き、はっとする。昔、似たようなセリフを吐いたことがある。あれは怒りでブチ切れて暴発を起こした時だった。つまり、これも一種の暴発状態なのだろうか。だからコントロールも効かない?
「そういや、師匠が言ってたっけ。魔力がここまで増えると、万が一の時に何が起こるか分からないって」
『様々な魔術を会得した今となっては、単純な暴発では済むまいて』
そりゃ、部屋が爆散したりするよりは有難いけど、困るのは同じだ。今日も仕事や訓練があるのに、こんなになっちまってどーすりゃ良いんだよ。
「……。とりあえずキーマを起こすか。よっと」
隣の部屋との壁に近寄り、気付け術を唱えると、キーマが起きる声や音が聞こえてきた。お、やっぱり魔術を使う分には問題ないな。ちょっとだけ安心したぜ。
「はーい。……あれ?」
隣の部屋の扉をノックし、出てきたキーマは真正面を見つめて首を巡らせた。キョロキョロする動きが喜劇染みていて、こんな状況ながらちょっと面白い。
「おい。もっと下だよ、下」
「……え、子ども? なんで寮に小さな子が?」
どうやらこちらの正体に気付いていないようだ。無理もないか。このままとぼけて、子どもを演じるのも楽しそうだな? でもまぁ、そういうわけにもいかないか。
「俺だよ、俺。分かるだろ?」
「おれ? ……俺々詐欺?」
なんだそりゃ。むー、鈍感な奴だな。寝起きだからか? どうすれば自分がヤルンだと証明出来る?
……あぁ、あれだ。閃いた俺は体の左側をキーマに向け、髪の毛を軽く持ち上げてみせた。そこには耳にかっちり嵌められた魔導具のカフスがある。
「カフス? なんで子どもがそんなもの付けて……って、この黒い石! ええっ、もしかしてヤルン!?」
「やっと判ったのかよ」
「……こんな早朝から何やってんの?」
分かったら分かったで、今度は怪訝な表情をされた。ぐぬぬ、仕方ないと思いつつも腹立たしい。このちんまい姿でも魔術は使えるのだ。魔力消費も兼ねてシーツの一枚でも焦がしてやろうか?
「朝起きたら、こうなってたんだよ」
「またー?」
前の騒動の時にフォローしてくれたキーマが、呆れたように言った。
「おー、そうだよ、まただよ。文句あるか?」
「イジけてどうするのさ、それじゃ本当に子どもだよ……」
以前は体調不良という名目で訓練も仕事も休んだのだが、今回は積極的に動くことにした。今後も同じことが起きるかもしれないし、その度に休むわけにはいかない。自力で解決しなくては。
「おい、子どもがいるぞ」
「どこから紛れ込んだんだ?」
俺はキーマを連れ、師匠がいる兵舎を目指した。キーマが騎士見習い服で、俺は変装術をいじったローブ姿だ。明らかに目立っているけれど、気にするだけ無駄だと自分に言い聞かせる。
「ヤルンて時々、変なこだわりがあるよね」
「どこが変なんだよ」
「前のと今回と、こっちにしたら、どう違うのか分からないよ」
「全然違うだろッ!」
分からないなら、一度本気で体験させてやろうか。女装姿でウロウロすることが、どれだけ恥ずかしいかをな!
「ええっ、ない!?」
魔力を安全に減らすなら、水晶を借りるのが一番てっとり早い。そう考えて兵舎の師匠の部屋に突撃した俺は、開口一番「空の水晶を下さい」とお願いし、ものの見事に撃沈した。今は一本もないというのだ。
なお、師匠への事情説明は不要だった。ノックに応じて扉を開けるなり、じいさんは俺をじっと見つめて深い深い溜め息をついた。
「また自己管理を怠りよって。成長するどころか、逆に縮んでどうするのじゃ」
「うぐ。なんで一本もないんスか」
ほれ、と出されたのは木箱で、開けてみてびっくりした。何本も収められた細長い水晶が、全て薄い赤や濃い黒に染め上げられていたのだ。
「ここのところ、転送術の訓練の範囲をどんどんと広げておるじゃろう。遠くへ飛ぼうとすればするだけ、魔力が必要になるからの。今後に備えて溜めておるところだったのじゃ」
「そんな……」
せっかく恥ずかしい思いをしてここまでやってきたのに、ガッカリだ。ちぇっ、師匠の役立たず。
「何か言うたか」
「イイエ」
◇「前の」事件は第8部の番外編的なお話です。
(読みたい方がいるかは分かりませんが)本編後のオマケに入れるかを考え中です。
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