第1話 身が縮む話・中編
肩を落とし、口をすぼめていると、師匠はじとっとした目で「変装術で良かったのう」と言った。あ? なんでだよ。とても歓迎すべきものではないだろうに。
「変身術でなくて良かったと言っておるのじゃ」
キーマが「変身?」と聞き返す。分からないみたいだから、少し説明してやるか。
「変装の上位術で、幻じゃなくて本当に姿を変える術だよ。人間以外にも、鳥や獣にだってなれるらしいな。まだやったことはないけど」
「へぇ、面白そうだね」
そういえば、そろそろ教わっても良い頃だろうに、何故師匠は取り組もうとしないのだろう。そんなに習得が難しい術なのか?
「あれは、お主にとっては危険な術じゃ。許可するまで試そうとするでないぞ」
「俺にとって危険って……?」
「変身術は体の大きさそのものを、つまりは器を変えてしまう。お主は体の成長と魔力の増加とが、ギリギリのところでせめぎ合っておる状態じゃからな。それ以上小さくなれば……分かるじゃろう?」
幻ではなく、本当に子どもなってしまったら完全にアウト、というわけだ。想像してみてぞっとした。げぇ、俺にとっては禁忌に等しい術じゃないか。
「そっ、そんな恐ろしい術、一生知りたくない!」
「それは出来ぬ相談じゃな。お主には、わしが知る全ての魔術を会得して貰わねばならぬからのう」
この人でなしの鬼教官め!!
「魔力の成長は止まったはずじゃから、あとはもう少し背を伸ばせば余力が出るじゃろうて」
「そんなに簡単に伸びれば苦労しないっつの!」
こうなっては、とにかく魔術を使って減らすしかない。今使える中で、一番魔力を消費する術といえばやはり転送術だ。うまくいけば、何度か使うだけで元に戻れるかもしれない。
善は急げだ。俺は、キーマの手首をがっちりと掴んだ。
「よし、とりあえず朝飯だな。食堂まで飛ぶぞ」
「えっ、『飛ぶ』って、ちょっと待ってよ。転送術は、まだ不安定だって言ってなかった?」
明らかに腰が引けている。前に語って聞かせた失敗談が、頭を駆け巡っているに違いない。ちっ、面白がってビビらせ過ぎたか。
「大丈夫だって。近距離なら、かなり成功するようになってきたから」
「かなり、って!」
あーもう、ゴチャゴチャうるさいな。手を離される前に、とっとと飛んでしまおう。んーと、目的地は食堂、食堂……。風景を頭に描きながら、『遥か――』と早口で唱え始める。
「わぁっ、待ってってば!」
待ちません。キーマが焦っている間に、詠唱は完了する。白い光に包まれながら、完全習得の暁には長い呪文の短縮作業に取り組もうと決心した。
「おわっ!?」
ぱっと出てみたら、食堂は食堂でも空中だった。単純な術の失敗か、小さな体のせいかは分からないが、このままではテーブル上に真っ逆さまに落下するのは確実だ!
『か、風よっ』
「よっと!」
咄嗟に風を呼んで落下スピードを緩和し、その間にキーマが俺を抱え込んで足からふわりとテーブルに着地する。ふー、危なかったぜ。
「なな……っ!?」
馴染みのある声がした方を見ると、そこにはこちらを指さし、口を大きく開けているレストルの姿があった。もう片方の手には朝食らしき物が載ったトレイを持っていて、これから食べようとしていたところだったらしい。
高いところからではあるけれど、挨拶くらいはしておくべきだな。
「レストル隊長、おはようございます」
「……」
おや、返事がないな。疑問に思っていると、キーマが俺を抱えたままテーブルをよいしょと降りてから言った。ふぅ、やっと足が地に着いた。
「ヤルン、その格好で挨拶しても、分かって貰えないと思うよ」
「あー、そっか」
子どものままだったんだっけ。もう数年の付き合いになるキーマでさえ、すぐには気付かなかったのだ。まだ知り合って間もないレストルに分かるはずもない。
「君は」
「レストル隊長、おはようございます。スヴェイン殿下の護衛役として配属された、騎士見習いのキーマです」
「おお、そうだったな」
俺が仕えているセクティア姫と、キーマが護衛を務めるスヴェイン王子は夫婦であるため、一緒に仕事をする機会もチラホラとある。キーマとレストルは剣師同士だということもあり、面識はあるようだった。
「で、その子は? 今、ヤルンと聞こえた気がしたが……。 いや、そもそも今、天井から降ってこなかったか……?」
疑問が後から後から湧いて、混乱しているみたいだ。無理もないよなぁ。周囲を見回すと、早朝にも関わらず、すでに何人かの騎士達が食事を取っていて、突然現れた俺達を驚きの表情で見ていた。
あわわわ、もっと空いていると思ったのに、もしかしなくても目立ってる? ちょっと軽率な行動だったかもしれない。頼むから皆、今見たことは忘れてくれ……ないよなぁ? また変な噂が流れたらどうしようか。
「と、とりあえず端に移動しようぜ」
「だね。もう、少しは考えてから行動しなよ。隊長も、きちんと説明しますから、どうぞご一緒に」
「あ、あぁ」
言って、食堂の端に移動し、幾つも並べられているテーブルの隅っこに陣取る。騎士は貴族出身者が多いこともあって、この騎士寮の食堂も兵舎よりしっかりした綺麗な作りだし、出される料理のランクも一つ二つ上だ。
聞くところによると、料理人も兵舎から騎士寮へ移動するのが一つの出世なのだとか。そしてここで認められれば、王城内の厨房で腕を振るえるようになるってわけだ。
今日のメインは……オムレツか。見たらお腹が空いてきたな。
「それで、この子は一体誰なんだ? 君の弟か何かか? ま、まさか息子だとか言い出さないよな」
「違います」
ぶふっ! 無表情で否定するキーマが面白くて、つい噴き出してしまった。どうしよう、「パパー!」とかなんとか言ってやろうか。もっと面白い展開になるに違いない。
「……本気で叩っ切るよ?」
冗談だってば。俺は席に着いたレストルの前まで行って、キーマにしたのと全く同じ行動をしてみせた。要するにカフスを見せたのである。
姫の発案で、ここ最近カフス自体はだいぶ出回るようになってきたが、石の色だけは唯一無二のものだ。こんな風に役立つ日が来るとは、世の中、何がどう転ぶか分からないものだな。
当然、レストルも真っ黒いそれを見て、意味するところに気付いてくれた。
「これは……!」
「隊長。俺です、ヤルンです。ちょーっとのっぴきならない事情があって、こんな姿になっちゃってますけど」
「ほ、本当にヤルンなのか?」
それでもまだ信じ切れないらしく、キーマに視線を移す。キーマがこっくりと頷いて「間違いありません」と断言し、続けた。
「それと、さっきのは転送術です。ヤルンが失敗したせいで、あんなところに出ちゃったんですよ」
「うっ、ちゃんと食堂に来られたんだから、大体OKだろ?」
「あのねぇ、もし頭から落下してたとしても同じことが言える?」
ぐぬぬ。そう言われると辛い。レストルは俺達のそんなやり取りを見て、せっかく運んできた朝食に手を付けることもせず、呆然としていた。
「……自分の目でこうして見ていても、信じ難いことばかりだな。さすがはセクティア様の見込んだ魔導師ということか」
いや、そこで感心されても困るんだが。どっちもただの失敗だし。それとも一種の現実逃避か? あの姫様に仕えていると、そういう処世術が身に付いてもおかしくはない。
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