第8話 双子の秘密・後編

 その日の夕刻。訓練場でいつものように訓練を始める師匠に待ったをかけ、日中の出来事を報告した。あれは、絶対に俺の手に負える範疇で済むと思えない。


「私は何も感じませんでしたよ?」


 当然、隣で聞いていたココは驚きの声をあげた。そこが不思議なんだよな。俺よりココの方が感知能力はずっと高いのに、どうして気付かなかったんだ?

 すると、師匠がぽつりと言った。


「お主は人に寄られるのが苦手じゃったな」

「何スか、急に」


 確かに、人にやたらと近寄られるのが苦手な方ではある。でも、そんなのは程度の差こそあれ、誰にでもあることだろ?


「それはな、お主の感知能力が極端に鋭いせいなのじゃろう」

「鋭い?」

「恐らくは、普段は本能的に抑えておるが、近い距離に魔力の気配が寄ると、過敏に感じ取ってしまうのじゃな」


 要するに、あらゆるものを把握し過ぎて精神が参ってしまわないように、体が無意識にセーブをかけている、ってことか?


「発現前の魔力など、普通は感じ取ることのかなわぬものなのじゃ。それが分かるのは稀有な才能と言えような」

「凄いですね」


 うーん、デメリットを考えると、褒められても微妙な能力だなぁ。……ん?


「もしかして、あれもかな?」

「何のことですか?」

「ほら、前にファタリア王国を旅していた時に、住み込みで幽霊が出るっていう屋敷の調査をしただろ」

「……あぁ、そんなこともありましたね。なんだか懐かしいです」


 俺の説明に、ココが合点のいったように手を打つ。あの時は、貴族の屋敷に住むお嬢様の魔力が悪さをして、怪現象を引き起こしていた。改めて思い返してみると、俺は早い段階で原因に気付いていたのだ。

 彼女とぶつかって転びそうになり、咄嗟に手を取って助けた時、確かに魔力の気配を感じていた。


「なら、その頃にはもう能力が身に付きつつあったというわけじゃな? ……全く、自分のことに気付くまで、何年かかっておるのか」

「あははは……。あの後は何もなかったから、すっかり忘れてた」


 後頭部をぼりぼりとかきながら、一方で「でもな」とも思っていた。人に近寄られて緊張するのが魔力のせいなら、どうして他のヤツにまで同じ反応をしてしまうんだ?

 やっぱり半分くらいは性格のせいで、もうクセになってるのかもしれないな。



「なっ、なんなんスか、いきなり!」


 翌日、予想通り姫は俺を自室へ呼び出したのだが、入るなり手を掴んできて本当に驚いた。ぎゅうっと強く握り締められる。おいおい、何だよこの展開!


「ねぇ、どう?」


 どう、って何が!? 水仕事に縁のない手は、きめが細やかだ。でも幾つも年上の、それも子持ちの人妻に言い寄られても困る! ……いや、待てよ。この人の場合は、そんな甘い話なわけがないよな?


「もしかして、魔力があるかどうか調べろってことスか?」

「そうよ。他に何があるっていうの」


 そんなの、咄嗟に分かるかよ! 部屋に呼ばれて、突然熱心な顔つきで手を握られたら、誰だって誤解すんだろうが。事前に一言あって然るべきだろう。

 ほれ見ろ、離れたところに立ってる侍女もビックリしてるじゃねぇか。誤解をちゃんと解かないと、飛ぶのはこっちの首なんだぞ!


「ほら、早くしてよ」


 だーっ、仕方ねぇな! 俺はどぎまぎしながら目を閉じ、精神を集中した。……うーん、ないな。というか、姫とはこれまでに何度か接触したことがあるものの、何かを感じたことはなかった。

 会うたびに、色々な意味で凄い人だなと思うだけだ。っていうか、無くてよかった。もしあれば非常に面倒くさいことになっていたはずだ。


「ありませんね」

「えーっ」


 姫は残念そうに言いながら、ようやく手を放してくれた。そうしてソファに案内してくれた上で、侍女にお茶の準備を指示した。


「もう、どうして私には魔力がないのよ?」


 どうしてと言われましても。少なくとも自分のせいではない。そう伝えても納得はしなさそうだから、知り得る知識だけは教えておくことにした。


「魔力の有無は遺伝で決まることが多くて、場合によっては数世代飛ぶこともあるらしいっスね。俺なんて、周りに誰も魔力持ちがいなかったから、自分も家族も驚きましたよ」

「そうみたいね」


 ということは、やはり俺の関係者は調べ尽されているのだろう。王族に仕えるのだから当然のことなのだとしても、自分の知らない事実までもが記されていそうで恐ろしくもある。

 そういや、ココやキーマや師匠についても調べたんだよな。そっちの内容の方が気になるぜ。姫は思案顔でぶつぶつと呟く。


「けど、私が違うのなら、スヴェインの方かしら。それとも義父おとう様や義母おかあ様が……?」

「言っときますけど、俺に調べろなんて言わないでくださいね」


 この人なら絶対にそう言い出すと思い、先んじて釘をさすと、案の定「あら、どうして?」と質問してきた。当然、その答えもきちんと用意している。


「国王様や王妃様と、平民出身の騎士見習いが握手するなんて、そんな畏れ多いことは出来ませんから」


 王族には四六時中、常に誰かが付き従っている。誰にも知られずにこっそり行うのは絶対に無理だ。となれば、あちこちから非難の声があがるのは必至である。


 誰がそんな怖い握手会を開催したがるかっての。だいたい、双子の時に感じたあの感覚は決して気持ちの良いものじゃなかった。俺にとってはロシアンルーレットみたいなもので、何度も味わいたくはないのだ。


「そう。確かに、慎重に取り組むべき話かもしれないわね」

「セクティア様は、王子と王女を魔導師にしたいんスか?」


 姫はこちらの質問の意図を探るように、目をやや細めて首を傾げる。


「量にも依りますけど、魔導書と契約しなければ魔力が外に出ることはありません。このまま、そっとしておく選択肢もあるってことです」

「貴方は、あの二人を魔導師にすることに賛成ではないの?」

「……俺には選択肢がなかったってだけっスよ」


 本当に選択肢がなかったと、最近ではつくづく感じている。王族には魔力や魔術など無用の物だろうし、選べるなら選べば良い。突き放したような物言いに何かを感じたらしい姫は、「わかったわ」と頷いた。


「私ひとりで抱えきれる問題じゃないし、夫には伝えるわね。貴方もまた相談に乗って頂戴?」

「俺より、ココや師匠の方が向いてると思いますけどね」


 まぁ、魔導師になるにしろならないにしろ、三歳の双子にはまだまだ何年も先の話だ。物心がついてから、のんびりじっくり決めれば良いさ。


 《終》


 ◇ヤルンが人に近寄られるのが苦手というのは、第五部の座談会が顕著ですね。ツッコミ以外のスキンシップのシーンがあまりないのもそのためです。

 それから、屋敷がどうのと言っているのは、「第四部 第七話 覗く瞳」のエピソードです。

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