第8話 双子の秘密・前編

 とある日の午後のことだった。俺は、城に沢山ある応接室のうちの一つで、丸テーブルについて客人と会話中のセクティア姫を見ていた。


「えぇ、そこで……」

「まぁ、それは素敵ね」


 海を思わせる、淡い青を基調とした落ち着いた雰囲気の室内。その入り口のところに立ち、気を付けることと言えば壁にもたれないようにすることくらいか。


 今は護衛役としての仕事中で、左隣には隊長を務めるレストルが俺と同じように立っている。護衛は剣師と魔導師とが組んであたるのが基本で、今日はこの組み合わせだった。


 室内には姫や客人の他に、姫の子どもであるシリル王子とディエーラ王女の姿もある。客人の連れてきた男の子二人と部屋の隅に、ふかふかした絨毯の床に座り込んで遊んでいる。


「こうするんだよ」

『おおー』


 四人は脇に控えた侍女に見守られながら、積み木をどれだけ積み重ねられるかという挑戦に夢中だった。思わず欠伸が出そうな、呑気な光景だ。客人も姫と親しい間柄のようで、緊張感を保つのは難しい場面である。


「……」


 うわ、マジで欠伸が出そうだ。我慢がまん……! 一応は姫と子ども達の両方に気を配っていなければならないので、ちらちら視線を送っているのだが、段々目蓋がおりそうになってくる。


 ふむ、ちょっとだけ眠気覚ましに違うことを考えよう。そう思い、双子を眺めた。トテトテ歩く様子をこうして見ていても、王子や王女といった貴い身分以外はごく普通の三歳児である。

 でも、初めて会い、手が触れたあの瞬間、確かに俺の体は反応を示した。思い返しても、勘違いなんかじゃない。あれはきっと……。



 それは唐突だった。

 客人を部屋の外まで見送り、使用人に城の門までの案内を命じた姫は、俺にもう一度室内に戻るよう指示した。子ども達も一緒にだ。

 なんだ? 部屋を使用人達が綺麗に掃除しなければならないこともあって、いつもなら用事が済めばそのまま自室に帰るのに。


「あぁ、レストルは下がって良いわよ。ヤルンに話があるから」


 うえっ、不穏だな。俺、何かやらかしたか? 眠そうにしていたから、緊張感が足りないって叱られるとか? こんなことなら、こっそり自分に気付け術をかけておけばよかったぜ。


「自分が聞くとまずい話ですか?」

「そんなことはないけれど」

「では、隊長として把握しておきたいので、同席させて下さい」


 わぁ、いよいよお説教っぽい雰囲気だな。こりゃ観念するしかないか。そんな風に思っていると、レストルが双子を見て言った。


「王子様方は侍女にお任せになっては」


 あー、そうだよな。誰かが叱られているところなんて見せても、子どもの心には良くないだろうし、俺もわざわざ見られたいとは思わない。しかし、姫の行動は全くの真逆だった。


「貴女、少し控えていてくれないかしら」

「畏まりました」


 なんと、侍女の方に奥へ引っ込むよう告げたのだ。ええっ? どういうことだよ。子ども達を放っておくのか? ちらりとレストルを見上げると、彼も虚を突かれたような顔をしていた。


 こうして、静かな室内には俺とセクティア姫、レストル、そして双子の子ども達が残されたわけだが、何が始まるのか、いよいよ分からなくなってきた。説教じゃないのか?


「あの、俺、何かしましたか……?」


 壁際に立ったまま恐る恐る問いかけると、彼女は手を腰に当てて俺を見つめてきっぱりと言う。


「ねぇ、どうして子ども達をそんな目で見るのよ」

「え、『そんな目』……?」

「まるで品定めをするような鋭い目。およそ、幼い子どもを見る目付きじゃないわ」


 どきりとした。あれほど熱心に客人の相手をしていたのに、その合間に見られていたなんて思わなかった。しかし、こちらとて別に睨んでいたつもりはない。


「もしかして、子どもが嫌い? だとしても、仕事は仕事として割り切ってくれないと」

「ご、誤解ですよ。その、小さな子は危なっかしいから、ちゃんと見ていないとと思って」

「それは絶対に違うわね」


 あっさりと断じられてしまった。瞳に宿っているのは、あからさまな呆れである。


「貴方、本当に隠し事が下手ね。そんな分かりやすい嘘なんて付かずに、さっさと本当のことを白状なさい」


 うむむ、どうしよう。言ってしまって良いものか……。一人悩み、なおも黙っていると、怒りの沸点を超えたらしい姫が「雇い主としての命令よ!」と叫んだ。おいおい、子ども達がビクついてるぞ。

 はぁ、仕方がないな。命令されてしまえば、雇われているだけの身に過ぎないこちらは粛々と従うのみである。でも、その前に確認だけはしておこう。


「……不敬罪として処罰されませんか」

「処罰されそうなことを言うつもりなの?」


 そんなつもりは一切ない。だが、聞きようによっては、そう受け取られる恐れはある。そう、すごすごと申し出れば、姫は美しい顔をしかめて了承した。


「回りくどいわね。……分かったわ、貴方を罰することはしない。約束する。これでいい?」


 こくりと頷く。本当に約束が守られるかは、信じるしかあるまい。すぅと息を吸い込んだ。


「あの二人と初めて会った時、握手をして」

「挨拶の時の話ね、聞いているわ。それで?」

「その時、一瞬だけ、したんです」


 一息に言ってしまえない自分がもどかしい。でも、俺にもまだ受け止め切れていないのだ。出来ればハッキリするまで放っておいて欲しかった。

 けれども、猪突猛進の姫の辞書に「遠慮」の文字はなく、「何が?」と次を促してくる。ここまで来ては、逃げ出すわけにもいかないか。ええい、後のことなんて知るか。言ってしまえ!


「ま、魔力の、気配が」


 それでも、やはり声が震えた。黙って話を聞いていたレストルが息を呑むのが分かり、続く姫の声も僅かばかり掠れて聞こえた。


「……どういうこと? どうしてあの子達から、魔力の気配がするのよ」

「それは」


 続きは口に出来なかった。代わりに再び積み木で遊び始めた双子に目を遣る。煮え切らない俺に苛立った姫が、「こっちへいらっしゃい」と、そんな二人を呼び寄せた。も、もしかして、今この場で確かめようってのか?


「セクティア様、あの」

「シリル、ディエーラ。このお兄さんと握手しなさい」


 やっぱりそのつもりかよ。トテトテやってきた素直な子ども達に姫が言い、王子達は『あくしゅ?』と声を揃える。そして、あの時と同じ眼差しで俺を見て、にこりと笑った。


『やるん』


 一度教えただけなのに、もう名前を覚えたのか。そんな些細な事実に驚いていると、その小さな両手がぐっと伸ばされた。


『あくしゅする』


 仕方ねぇな。覚悟を決めて、俺も両手を差し出す。左手でシリルと、右手でディエーラときゅっと握り合った。二回目だからか、前のような反応はない。

 よし、今度はもっと深くを探ってみよう。そう思い、目を閉じる。んー、どれどれ? ……あぁ、あるな。奥の奥、とても向こうの方に、光と熱がうっすらと見える。


 あれはきっと「核」だ。本で読んだ知識によれば、体でいうと鎖骨の下あたりに位置し、魔力を生み出して全身に行き渡らせる部分だ。魔導師にとっては第二の心臓とも言われている。


『あぅ』


 二人はびっくりしたように同時に声を発し、パッと手を放した。ありゃ、やり過ぎたか。でも、そうやって反応するのも確定である証拠だ。双子は初めての感覚を味わったようで、不思議そうに自分と俺の手とを見比べている。


「二人とも大丈夫?」

「すみません。深く探り過ぎたみたいで」

「……ということは、本当に?」

「間違いないと思います」


 言いながら、あぁこれは面倒なことになるだろうな、と心の中で溜め息を吐いた。

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