第7話 転送術と王都の空・後編

「まぁまぁ。外で物騒なお話はダメですよ」

「っと、悪い悪い」


 聞かれてないよな? 慌てて見回すも、幸い誰もが連れとの会話に忙しそうで、こちらに注意を向けている人間はいなさそうだった。ほっ。

 そんな感じで話し込んでいるうちに開けた通りに出る。まばらだった店が密集し、それに伴って人通りもどっと増えた。


「今日のうちに見て回っておくのは、あと何カ所だ?」


 意識を切り替え、ココが持っている地図に目をやった。すでに確認した場所には丸印が付けられている。こうしてみると結構回ったもんだなー。


「あとはシュトールの噴水と、スイーツショップですね」


 あ? 噴水と……す、スイーツショップ? どこの激甘デートコースだ。それとも女子会のプランか? キーマも引き気味で「前衛的だね」と言っている。


 シュトールの噴水は、カップルで水面に手を浸すと恋仲が進展するとかいう、俺には全く関係のないスポットだし、スイーツショップなんて絶対にこのメンツで行く場所じゃない。


「それってココが行きたい場所じゃないのか? 照れなくても良いんだぞ」

「ち、違います! 噴水はれっきとした王都の名所の一つなんです!」


 ココが地図をバサバサ振って否定する。どうやら、恋のジンクスは若者の間に広まったものらしく、他にちゃんとしたいわれがあるようだ。


「スイーツショップも師匠せんせいのリクエストですし!」

「げ、マジか」


 まさか、本当に女子率が限りなく100%に近そうな店に、これから行こうってのか? この三人で!? 絶対に変なものを見る目でジロジロ眺められるぞ!


「さぁ、あと一息ですよ、これもお仕事です!」

「仕事じゃなくて、ただ師匠の我が儘だろっ。嫌だー!」



 街の南側へ下ると見えてくる、広大な芝生公園を走る石畳を抜ければ、突き当りに目的の場所――シュトールの噴水はあった。


「おおっ?」


 幾組ものカップル達から目を逸らし、合間を抜けて噴水に近づく。満々と水を湛えるその透き通った底を覗き込むと、冷えた空気が頬を撫でた。

 中央には天使を象った彫像が据えられ、周囲には水柱が断続的に吹き出している。細かな粒になった水は日の光を浴びて煌めき、泡となって儚く消えた。


「素敵ですね……」


 芸術的な光景に感嘆の息を漏らす。これで周りが愛を囁きあう恋人だらけでなければ、もっと安らいだ気持ちになれただろう。

 むむ、どいつもこいつも……。意地でも気にするもんか。俺は負けねぇ!


「この噴水は、先々代の国王が王妃シュトレリア様を亡くされた時にお作りになったそうですよ。王妃様は民からも非常に慕われた方だったそうで、亡くなった後もお好きだった街を見守ることが出来るようにと」

「じゃあ、あの天使像はその王妃がモデルなのか?」


 先々代の頃ならば、軽く数十年は経っているはずだ。朗らかに微笑む長い髪の天使の像は丁寧に磨き上げられ、とてもそんな昔に作られたものとは思えない滑らかな肌を晒している。


 ココはこくりと頷き、真剣な表情になって像を見上げ、片手を胸の前で止める。そっと、祈りを捧げるように上下の睫毛が触れあった。……天使かぁ、実在するのかね?


「いやぁ、カップルばっかりで凄かったねぇ」

「蒸し返すな!」


 後頭部を張り倒そうとして、キーマにひょいっと避けられた。最近、以前にも増して身体能力に開きが出てきた気がする。でも、俺だって鍛えているのだ。負けてばかりもいられない。よし、次こそ絶対にぶっ飛ばす。


「目が据わってるよ? また何か恐ろしい決意を固めてない?」

「いんや? 楽しみにしておいてくれよ」

「内容が全然楽しくなさそうなんだけど、っていうかこの流れさっきもなかった?」


 またしても地図に頭を埋めていたココが、顔をあげて首を傾げる。


「どうかされたんですか?」

「噴水がカップルだらけだったって、不愉快な話をキーマが蒸し返しやがっただけ」

「ふふっ、確かに凄かったですね。先々代の国王夫妻の逸話にあやかろうとする人達が次第に増えて、今のような状態になったのでしょうね」


 像に込められたのは民への慈しみだけではなく、当時の王がそれだけ奥方を愛していた、その証明でもある。本人達がもしあの現状を見たら、どう思うんだろうな?



「ひっ」


 数刻の後。目前に広がる光景に俺は怯えた。肺を満たすそれはねっとりと甘い匂いで、周囲より高い温度を感じさせる。

 ピンクや赤やオレンジといった暖色をこれでもかと散りばめた店構えに、甲高い声でやりとりし合う客や店員達。もちろん、全員が女性だ。


「よ、予想以上だね」


 キーマの意見に同意していると、数歩先を行っていたココが足を止めて振り返った。


「あれが目的のお店ですよ。可愛い雰囲気ですね! さ、行きましょう?」

「ばっ、馬鹿言うな。入れるわけないだろ!」


 基本的には来るもの拒まず、のキーマでさえ腰が引けているくらいなのに、無茶を言わないで貰いたい。首をぶんぶん左右に振り回す俺に、彼女は「え~」と口元をすぼめる。


「行きましょうよぅ。三人一緒なら大丈夫ですって」

「うーん、そーかなー?」


 え、おい、惑わされるなよ? ココも、そんなにグイグイ引っ張っても無理なものは無理だから!


「外で時間潰してるから、行ってこいって」

「そんな。……あっ、ならヤルンさんは『変装』されたら良いじゃありませんか。女性なら堂々と入れますよね? 問題解決です!」


 はぁっ!? なんつー恐ろしいことを言い出すんだ、このお嬢さんは!


「あのな、店の中に『目が良いヤツ』が居たら、一発でバレて大恥かくだろうが」

「そんなココみたいな女の子、王都でもそうそういないと思うけどね?」

「お前はどっちの味方なんだよ!」


 カラフルな店の前で不毛な押し問答をしながら、俺は暮れ始めた空を仰いだ。



 ところで、この話には後日談がある。夜になり、完成したマップを片手に訓練場に行った時、俺は師匠に興味本位でとある疑問をぶつけてみたのだ。


「今日、噴水を見に行って天使像を見てきたんスけど、師匠は天使って本当にいると思います?」


 こちらとしては単なる世間話というか、このじいさんはそういう存在を信じてたりすんのかなー的なノリだったのだが、返事は至極あっさりしたものだった。


「ふむ、天使か。何度か会ったことはあるのう」

「はっ?」


 信じるか否かを問うたのに、「会ったことはある」? そんなに何度もお迎えが来る場面に遭遇してきたという意味か?


「失礼な想像をしておるようじゃが、違うぞ」

「じ、じゃあ本当に、本物の天使に会ったっていうんスか?」


 いやいやそんなまさか。笑えない冗談はやめてくださいよ、と続けようとしたら、先に師匠が意味不明な返しをしてきた。


「もしかすると、お主も何処かですれ違っておるやもしれぬぞ」

「んなわけ。天使がその辺を歩いてたら、誰だって気付くでしょ」


 その時は与太話に付き合っていられなくなって、会話を打ちきってしまった。実は非常に詳細が気になるのだけれど、改めて切り出す勇気も自分にはないのだった。


《終》

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