第6話 師匠の魔力量診断・後編
「すっかり忘れておるようじゃが、あれは魔力の有無と大まかな量を調べるための薬じゃ。正確な量を測るのには向いておらん」
「あ……」
「早とちりしおって」
言われてみれば。トラウマ過ぎてすっかり失念していた。師匠は軽く息を吐いてから、ローブの裾を揺らすと例の細長い水晶を取り出して俺にポンと手渡した。ひんやりと冷たい。
「さっさと込めよ。後の話はそれからじゃ」
「あ、あぁ。成程な」
「確かに、これを使えば正確な量が分かりますね」
要するに持ち得る全部の魔力を込めて、水晶の本数で測るというわけだ。これならば検査薬よりもっと正確に測定が出来る。
「おお、カフスは外すのじゃぞ。着けたままでは正確に測れぬからな」
装着が義務付けられているのに、取ってしまって良いのか? まぁいいや、バレても師匠のせいだし。そう自分を納得させて耳からカフスを外した。うぅ、この着脱の瞬間に魔力が動くのが気持ち悪いんだよな。
目を閉じて意識を集中し、手にした水晶へと魔力を込めていく。最初のうちは戸惑ったけれど、すでに何度も経験して今では慣れっこだ。
「……ん、次くれ」
「もう1本お願いします」
当然、俺もココも1本や2本では終わらない。込め終わると次、いっぱいになれば更にもう1本だ。水晶同士がぶつかってカツンと硬い音を立てるのが聞こえた。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ふむ、もう少しかのう」
問いかけるキーマの声は焦りを孕んでいる。次々に水晶に魔力を込めていくのを見て、怖くなってきたのかもしれない。もしこれが血だったら、今頃失血死してんじゃないか? って勢いだろうからな。
「う……」
ひたすら作業を続けていると、頭がくらくらし始める。体内の熱が失われ、そのうち自分がきちんと椅子に座っているのかも分からなくなってきた。
「止めよ」
温かい手で腕を掴まれる感触とともに、制止の声が聞こえたと思ったところで、意識は遠のいていった。
「あ、起きた」
目を覚ますとキーマの顔があった。どうやら床に転がされていたようだ。聞けば気を失っていたのは30分ほどらしい。
つか、ココがベッドに寝かされていたから仕方ないにしても、冷たくて固い床に放置って酷くないか?
「どんな感じ?」
「おう、空っぽだ。見事にすっからかんだな」
体を起こすと、発熱時のようにふわふわする。見れば、テーブルに転がる細長い水晶は魔力をたっぷり含んで、日を浴びた水面のような煌めきを放っていた。
薄く赤に色づいているのがココの分とすれば、……俺の、黒ッ、怖! 前は俺が赤でココが青だったのに。魔力が増えるとこういう変化もあるんだな。
「ほれ。ヤルンが12本で、ココが10本じゃな」
「……相場は?」
「普通は3から、多くて5本くらいかのう」
げぇ、マジかよ。倍以上じゃねぇか。
「というか、一体どこにそんなに隠し持ってたんスか?」
ガンガン使っておいてなんだが、決して安い物ではないだろうに、不思議になるほどの本数だ。
「隠し持つとは人聞きの悪い。当然の嗜みじゃよ」
ズレまくった常識を前に口をあんぐりと開けていると、今度はココが目を覚まし、俺と全く同じ反応を見せる番になるのだった。
「んじゃ、目的は達したんだし、もう良いでしょ。少し返して貰いますよ」
飽和はまずいが、減らし過ぎも体には負担だ。2本ほど体内に戻してひと心地つく。残った大量の水晶を見て俺は「ところで」と言った。
「なんじゃ?」
「これ、どーするんスか」
「……ふむ」
前にじいさんは、一度に多くの魔力を売ると市場が混乱する、と言って手元に残していた。それは転送術の動力として役立ったわけだが、また何かに利用するつもりだろうか。
「数回に分けてちまちまと売っても良いかもしれんが、面倒じゃな」
まだはっきりとした予定はないらしい。だったら、俺には一つ提案したいことがあった。
「なら転送術を教えて下さいよ」
「む?」
大抵の術は魔術書を読めば習得出来るが、数多ある魔術の中でも転送術はかなりの高難度の術だ。使えれば便利そうだから出来れば習得したいものの、失敗のリスクも高そうで、自己流で身に付けるのは怖い。
「この水晶があれば練習出来るでしょ」
一本を手に取り、振りながら詰め寄ると、師匠は多少逡巡を見せてから頷いた。
「……そうじゃの。良い頃合いかもしれぬな」
おっし! 絶対身に付けてみせるぞー! 「私にもご指導お願いします!」と追随したココも一緒になって、翌日から俺達は転送術の猛特訓を始めたのだった。
《終》
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