第6話 師匠の魔力量診断・前編

 王城勤めが始まってから、夜の訓練は兵舎脇にある屋内訓練場を借りて行っていた。今住んでいる騎士寮からだと少し遠いけれど、貴族出身者が多い騎士達の目に留まるよりは気が楽だ。

 妙なことがあるとすれば、もう教官助手の立場からは外れたのに、相変わらずココが夕方になると部屋に迎えにくることか。


「もう日課のようなものですし。ご迷惑ですか?」

「いや、迷惑ってわけじゃないけどさ……」


 まぁ、ついて来れば一緒に訓練が出来るという目論見もあるのだろうから、そこは別に構わない。師匠はまたも、当然の如く俺の部屋のスペアキーをココに渡しているし……もう諦めた。


 それより気になるのは、物凄~く今更だけど、ココって普通に部屋に来るし、入り浸るところだ。今いる騎士寮なんて一階が共有スペースなだけで、二階以上は男女で建物が分かれているのにお構いなし。

 いつか絶対に叱られる気がするぞ、こっちが。「新入りの騎士見習いは部屋に女を連れ込んでいる」なんて噂が立ったらどーすりゃ良いんだ?



 それはさておき、その日いつものようにやってきたココに「今日も訓練場か?」と問いかけたら、違う答えが返ってきた。


「今日はこちらで行うと仰ってましたよ」

「こちら……? え、俺の部屋ってことか!? ちょっと待てよ!」


 焦るこちらをよそに、ココが後ろ手に扉を閉める。確かに兵士の頃に使っていた部屋よりは広い個室だ。でも、だからって魔術の訓練なんかしたらベッドもテーブルも椅子も……全部が全部吹き飛んじまうだろ!?


 術の加減を間違えれば、隣のキーマの部屋にまで被害が拡大する恐れもある。……それはちょっと面白いかもしれない。などと考えていると、コンコンと軽快なノック音がして師匠が入ってきた、って!


「おいコラ。返事する前に入ってくるな」

「む、細かいことを言うでない。わしらの仲に遠慮など不要じゃろう?」

「気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇ!」


 俺達は師弟関係ではあるが、それだけだ。魂まで売り渡したつもりはない。毛頭、断じて、これっぽっちも!


「あれ? 今日はここでやるんですか? 珍しいですねー」


 とか言いながら、隣の部屋で物音を聞き取ったらしいキーマまでもが入ってくる。お前はなんで当たり前みたいな顔してんだよ、おかしいだろ? 何でもかんでも順応すれば良いってものじゃないぞ。


「俺の部屋を吹っ飛ばそうってんなら、ただじゃおかないからな」

「安心せい。訓練の他にしておきたいことを思いついただけじゃ」


 4人ともなると手狭感は否めない。せめて扉を開けておけばマシだろうに、師匠はキーマにぴっちりと閉めるよう指示してから俺のベッドに腰かけた。

 加齢臭とか染み付かねぇだろうな。夢の中でまでジジイと会うのは御免だぜ。


「ヤルンよ。口は災いの元じゃと何度説明しても分からぬようじゃな?」

「まだ何も喋ってませんよねー。パワハラが過ぎやしませんかねー」

「ぉほん。では始めるかのう」


 くそ、誤魔化したな。師匠の咳払いに、仕方なく皆が適当に腰をおろす。


「んで? 一体、何をおっ始めようってんスか?」

「魔力量の再検査じゃよ」

「な……」


 驚きはのどに絡み、全身が冷や水を浴びせられたみたいに硬直する。「検査」と聞いて脳裏に閃くのは、兵士になった直後に受けた適正検査だ。魔力の有無や潜在量を調べる検査である。


 やり方は簡単で、無色透明の液体をコップ1杯分飲むだけ。水と区別が付かないシロモノだが、飲んだ後が実に恐ろしい。

 全身を襲う激烈な熱と痛みは、強い魔力を持っているほどに増すらしく、あの時は体に雷でも流し込まれたんじゃないか思った。


「二人とも大丈夫?」


 血の気が引いた顔をしていたのだろう。キーマが俺とココの顔を覗き込む。はっと我に返った俺は軽く頭を振り、師匠へと無理矢理焦点を合わせた。


「あっ、あれをまたやろうってのか? 冗談じゃ無ぇぞ!」


 胸元でぎゅっと両手を握りしめるココの顔も白い。彼女もあの時、かなりの痛みと恐怖を味わったに違いない。


「知ってるだろ、魔力が増えてるって」


 魔力は普通、生まれた時にある程度の量が決まっていて、あまり増えることはない。でも俺達は元の量が多かった分、「普通」以上に増えた。俺なんて完全に規格外だろう。ぐぬぬ。

 学院にいた頃にやたらと不安定になっていたのも、増え過ぎが原因の一つじゃないかと思っている。こんな調子で、制御力はいつか本当に追い付くのか?


「んな状態で『あれ』を飲んだりしたら死ぬっての、マジで殺す気かよ!」

「だからじゃよ」


 ずっと無表情で俺の怒りを受け流していた師匠がやっと口を開いた。


「己を知らずに魔術は扱えぬ。そのような弱腰では魔力を失うことになりかねん。自我を御しきれぬ者は、自我に食われるが必然じゃからな」


 自分の心に呑まれるという意味か。そうなれば自分も周りも無事では済むまい。


「ま、わしも鬼ではない。『あの苦痛をまた味わえ』などと言うはずがあるまい?」

「アンタ何回俺で新薬の実験しようとしたか忘れたのかよッ!」


 下手にシリアスぶった自分が馬鹿だった。次にどこかであの検査薬が出てきたら、絶対にその口に捻じ込んでやる。どんな手段を使ってもな!

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