第5話 護衛役のお仕事?・前編
騎士見習いとしての日常はまずまずだった。隊長であるレストルに定期的にシフトを組んで貰うのだが、一番大事なのは当然護衛としての仕事で、次に騎士見習いとしての訓練が入れられる。
護衛が必要なのは公務の時や、セクティア姫の家族・親族以外の人間が参加するお茶会などといった社交の場だ。あとはもちろん外出時も含まれる。
姫のスケジュールを見た時、一日中護衛役の誰かが張り付いているわけじゃない事実に驚かされた。仮にも王子夫人なのに使用人もあまり多くは寄らせておらず、シンだけという時間帯もあったくらいだ。
「人が沢山いると、見張られているみたいで嫌なのよ」
みたいじゃなくて、本当に見張られているのでは? 主にあの旦那に……。それにしても彼女の気持ちも分からなくはないが、危機意識が低いというかなんというか。
「これからは貴方やココが居てくれるから、楽しみだわ」
楽しみって。いやいや俺ら何目的で雇用されたんだ、護衛だよな? 実際、気が付くと姫の私的なお茶会に参加させられたりしていて、仕事なのか遊んでいるのか分からない時間もあった。良いのかよ。
「正式な騎士になればお茶会にお呼ばれすることもあるでしょうから、今の内に慣れておきなさいよ」
などと、もっともらしいことを言っていたが、非常に空々しい。
それはさておき、護衛は通常、剣師と魔導師が組んで行うのだけれど、俺達はまだ先輩について教わっている段階で、ココと一緒の場面も多い。
ちなみに、例の「女装」も事前に説明されていた通り、女性が護衛としてついた方が相応しい場所では本当に時々やらされている……うぐぐ。
でもまぁ、「絶対に周りの人にからかわれて恥ずか死ぬ!」と思っていたら、向けられた視線は同情がぶっちぎりでトップだった。あとは「可愛い可愛い」と褒められたっけか。全然嬉しくない。
そんな毎日にも少しずつ慣れてきたある日のことだった。俺は護衛役としてではなく、またもお茶の相手として呼ばれ、ココともども姫の私室でお茶の相手を仰せつかっていた。
仕事中ではないので、二人とも私服に貰ったばかりのマスターローブを羽織った姿だ。場所的に軽い服装では入れないし、だからといってかっちりした衣装も持ち合わせていないのでこのローブの存在は助かった。
「来て貰って悪いわね」
「いや、構わないスけど」
シフトは完全に把握されていて、今は訓練も護衛もない時間だと知った上で呼ばれていた。ちょうど小腹がすいていたし、ここでは美味しいお茶とお菓子にありつけるから、別段悪くはない。
『空き時間が出来たなら、わしのところへ来るか、王城の魔術書でも読まんか』
師匠はそう言って怒るだろうが、どうせ夜はいつもの如く訓練をさせられるだろうから無視である。
なお、師匠はここでも若手兵士の教官という立場におさまっている。ん、考えてみれば、社会的地位だけなら師匠を抜いたことになるんだよな? 凄く変な気分だ。
あの人、面倒だから出世しないだけっぽいけど、他に上にあがれない理由があったりするのかね。また金絡みだったら嫌過ぎるな……。
「それで、何か私達にご用でしょうか?」
ソファの左隣に座るココが小首を傾げ、姫はそんな彼女の手首の辺りを見て言った。
「魔導具の腕輪を見せて貰ってもいいかしら」
「これですか?」
言われるがまま、ココが服の裾を捲って腕輪を見せる。石はやはり薄い赤に染まっていた。それを眺めるココ自身は少し嬉しそうに見える。魔力が上がって喜べるなんて羨ましい。姫はじっとそれを見詰めた。
「私も少し魔術や魔導師について学んでいるのよ。前にヤルンの腕輪を見せて貰った時には知識がなくて悔しかったから。……ココの魔力もとても強いのね」
魔導士でもないのに魔術について知ろうなんて珍しい人だ。医学や薬にも詳しいようだし、知識欲が旺盛なのかもしれないな、と思っていると、今度は俺にも見せてと言ってきた。
腕を出そうとして気付く。こっちじゃなかった。
「あの、俺は」
「あぁ、聞いたわよ。魔力が多過ぎて腕輪では用をなさなくなったから、別の物を使っているって。凄いわね。じゃあ、その代わりの物を見せて頂戴?」
「それでいいなら」
見せようとして、ソファの向かいの席では見せにくいことに気付く。一度席を立ち、姫の傍らに片膝をついて左耳が見えるように髪を持ち上げた。
「これです。カフス型になっていて……」
そこまで言いかけたところで、思い切り耳を引っ張られた。
「これはっ」
「いでででで!」
「あら、ごめんなさい」
俺が痛がるとはっとして手を放してくれたが、ったく、なんて恐ろしいことをするんだ。福耳になるどころか、引き千切られるかと思ったぜ。
「悪かったわ。今度は引っ張ったりしないから、もう一度ちゃんと見せて?」
「……本当に引っ張らないでくださいね」
しかし、今度はもっと別の問題が発生した。良く見ようとした彼女の柔らかい指先が耳からカフスに移動し、軽く掴まれた瞬間、悪寒が全身に走ったのだ。
「わっ!?」
「きゃっ、何? どうしたの?」
背中に氷でも突っ込まれたみたいだった。咄嗟に姫を突き飛ばそうとしてしまったものの、なんとか寸前で踏みとどまることが出来てほっとする。……はぁ、危なかった。
「すみません。今、なんだか」
「あの……あまり触らない方が良いと思います」
口を挟んだのは今の出来事を別の方向から見ていたココだった。
「ヤルンさんの魔力が膨れ上がるのを感じました。そのカフスは魔導具ですから、使用中に他の人が触ると効果に乱れが生じるのではないかと……」
こんなことになるとは思わなかった。あのじいさん、また大事な説明を面倒くさがって放棄したな!
「デリケートなのね。分かったわ、ありがとう」
大人しく元の席に戻り、お茶を一口飲むとあれほど強かった嫌悪感も遠のいていく。ふー。
「それで、こんなもの見てどうするんスか?」
魔術について学んでいると言っても、姫は魔力を持たない普通の人間だ。魔導具なんて見ても使うわけでなし、どうするつもりなのだろう。
「そのカフス、素敵ね。もっと作れないかしら」
「……? 装飾品ならお抱えの職人に注文すれば良いんじゃないんスか?」
「違うわよ。私が作りたいのは魔導具の方」
俺は「ええっ」と驚きの声を上げ、ココも「本気ですか?」と仰け反った。
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