第4話 王族の子どもたち・後編

 彼女の子かと思ったが違うようだ。じゃあ、もしかして……? レストルは俺達を近くに呼び、「では手短てみじかに」と告げた。


「ご挨拶をさせて下さい。新たにセクティア様の護衛役を務めることとなった魔導師のヤルンとココです。二人とも、こちらはユリア様。スヴェイン殿下の妹君だ」


 その説明に弾かれ、慌てて揃って片膝を付く。王子の妹ってことは、ユニラテラ王の娘で、正真正銘のお姫様だ。いや、セクティア姫だってれっきとした本物ではあるのだが、あの素の性格を知っていると、なぁ。


「第一王女のユリアですわ。お立ちになって」

「お目にかかれて光栄です」


 とりあえず定型の文句だけを言って、立ち上がる。ユリアは衣擦れの音をさせながら近寄ってきて、俺達をじっと見詰めた。


「そう。貴方達が、義姉おねえ様がスカウトしたという。聞いてはいましたけれど、本当にお若いのですね」


 揶揄する響きはなく、むしろ面白がるように口の端を上げ、にこりと微笑む。常に大胆なセクティア姫とは対照的に、静かにことを運ぶタイプに見えた。


「私は余所へ嫁いだ身なのですけれど、こうして時々は城に戻りますの。また顔を合わせる機会もあるでしょう」


 ふふと不敵に笑い、続ける。瞳がぎらりと光った気がした。


「義姉様は素敵な方でしょう? 私、心の底から敬愛していますの。もし義姉様にとってよろしくない相手が現れたとしたら、その時は容赦など一切不要。敵を排除するためならば、どんな手段を用いても構いませんわ。私の名において許します」

「き、肝に銘じます」


 やっぱりこの手の人か。なんだか最近、好戦的な人ばっかりに会う気がするな。世の中、オフェリアみたいなのが少数派なのか? 俺は笑顔をぺったりと貼り付けたまま立ち尽くした。


「ん……」


 その時、ベッドで眠っていた子達が目を覚ました。どちらもまだ幼い、3歳くらいに見える子だ。控えていた侍女が気付き、「お目覚めですか」と片割れを抱き起こす。緑の髪の男の子である。


 もう一方をユリアが抱き寄せた。まだ眠いのか、肩まで伸びた青い髪がゆらゆら揺れている。こちらは女の子だ。ココも気になったらしく、こっそりレストルに耳打ちする。


「このお二人は?」

「シリル王子とディエーラ王女だ。セクティア様の、双子のご子息とご息女だよ」


 そうじゃないかとは予想したが、こうして確定すると驚かされる。あのひとに子どもが、それも二人も居たなんて。

 二人は目をぐしぐしとこすり、それから同時にパッと開いた。それぞれ髪と同じ色の瞳をしていて、母親に似た活発そうな顔つきである。二人はキョロキョロと辺りを見回したかと思うと、じいっとこちらを見てきた。


『だぁれ?』


 わ、こうも声が綺麗に揃うと、立体的に聞こえるんだな。レストルに挨拶を促され、俺とココは近付いて片膝を折り、ベッドの上の二人に目線を合わせる。

 こんな小さな子に畏まった挨拶をするなんて、初めての経験だ。どう言えば良いんだ? 戸惑っていると、ココが先に口を開いた。


「シリル様、ディエーラ様。お二方のお母様にお仕えすることになりました。ココと申します。よろしくお願いします」

『ここ』


 柔らかく微笑み、「はい」と彼女が応える。子ども達は小さな手を差し出し、ココが右手と左手でそっと掴んで握手した。それが離れると、今度はその大きな瞳をこちらに向けてくる。

 俺も同じように挨拶し、差し出された手を、力加減に気を付けながら掴むつもりだった。


『やるん』


 昼寝から目覚めたばかりの子どもの手だ。触れる瞬間まで、きっと温かくて柔らかいのだろうなと思っていた。


「……っ!?」


 きゅっと軽く握り返した途端、俺の体はびくりと震えた。……なんだ、今の感覚は。恐れ? そんなはずはない。二人とも、こちらを興味深げに眺めているだけのただの幼児だ。じゃあ、今のは――。


「どうかしまして?」


 ユリアの声にはっと我に返った。いけない、今は思考に没頭出来る場面じゃない。俺は「なんでもありません」と言って、そうっと幼子の手を離した。王子達はきょとんとした表情のまま、長い間俺を見詰めていた。



 その後は部屋を辞し、レストルの案内ですぐ近くの別の部屋に入る。そこは護衛役の人間が使う詰所で、手前がちょっとした談話スペース、奥が男女別に着替えなども出来る小部屋、という作りになっていた。


「私達は騎士寮住まいですけど、ご自宅から通いの方もいらっしゃいますものね」

「あぁ、成程な」


 家が王城に近ければ問題ないだろうが、離れていれば騎士服で歩くと目立つもんなぁ。気にする人はここで着替えるってわけだ。仲間と情報伝達も出来るし、便利だと思う。

 ところで、説明を聞くうちに俺は非常に不本意なことを確認しなければならないことに気付いた。あぁ、嫌だ。実に嫌だ。颯爽とスルーしたい。


「どうかしたか? 気になることは聞いておかないと、後で自分が困るぞ」

「聞きたいことはあるんですけど、どう聞いて良いか……」


 レストルの顔には「?」が浮かんでいる。うーむ、上手い説明方法は……。思いあぐねていると、ココが察して、「あっ、『あれ』のことですね」と手を打った。

 おう、多分「それ」だ。でも、ちょっと待て。自分でちゃんと段階を踏んで説明するから。こんな時にまで気を利かせなくて良いんだぜ?


「あのな」

「ヤルンさん、セクティア様のご命令で時々女の人の格好をしないといけないんです。更衣室って男性用で問題ありませんか?」

「……は?」


 うぎゃあぁあ、制止、間に合わず! つか、なんてストレートな聞き方だ! ほら、隊長が引いてる! 滅茶苦茶ドン引いてるっ!!

 その後、俺は顔中を真っ赤にしながら説明をする羽目に陥った。羞恥心で心臓が止まりそうだ。姫も予め話を通しておいてくれよ、何でこんな思いをしなきゃならないんだ! うぎー!


 結局、更衣室は男性用を使うことに決まり、護衛役のメンバーにはレストルが説明をしてくれることになった。それ自体は大変有難い。

 騎士寮からずっとあの姿で、なんて絶対に耐えられない。だったらここで「着替える」しかないのだから。


 だが後日、やはりというかなんというか、「着替え中」に入って来られて、というお決まりのトラブルは発生してしまうのだった。


《終》

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