第4話 王族の子どもたち・前編

 正式に護衛役の任に就いた俺とココは出来たばかりの騎士見習い服を身に付け、セクティア姫の部屋でとある人物と引き合わされた。それは30代の半ばくらいに見える短髪の男性だった。


「私の護衛の纏め役をしてくれているレストルよ」

「レストルだ。セクティア様の護衛役の隊長をさせて貰っている。よろしく」


 差し出された手を握り返せば肉厚で、筋肉質な体を見ただけで剣師だと分かる。その証明として腰には立派な長剣が下がっており、刃が美しい装飾の鞘に収められていた。


「ヤルンです。これからお世話になります。よろしくお願いします」

「ココと申します。よ、よろしくお願いします!」


 レストルは澄んだ緑の瞳で俺達を見、「固くなることはない」と笑った。


「これからは同僚だ。それに、二人は我が国の最年少マスターなんだろう?」


 頼りにしているよ、と言われて返事に困ってしまう。そう、姫に言われるまで知らなかったのだが、17歳で「魔導師」になったのはユニラテラ王国の公式記録において俺とココが初らしいのだ。

 非公式では遥か昔になんと15歳という記録が残っていて、伝説みたいに語り継がれているらしいが、真偽のほどは不明のようだ。


「あ、いえ、その、たまたまというかなんというか」

「謙遜する必要はない。たまたまで得られる称号じゃないのは知っているさ」

「はぁ」


 うーん、謙遜してるわけじゃないんだけどな。称号を貰った経緯が経緯なだけに、称賛を素直に受け取れない。半分は師匠の極度の詰め込み教育のせいで、後の半分も姫の暴走の結果だし。


「仕事のことは彼に聞けば大丈夫だから。レストルも二人のこと、くれぐれもお願いね」

「お任せ下さい」


 「くれぐれも」の後に「逃がさないように」という幻聴が聞こえたのは俺だけだろうか。



「セクティア様、部屋の案内をさせて下さい」

「えぇ」


 レストルへの紹介が終わると、まずは彼に何室にも分かれた姫の部屋を案内された。王族ともなれば、自室はこれまでに見たソファや調度品があるこの一室だけに留まらない。


「ここが入ってすぐの応接間で、こっちが執務室だ」


 言いながらレストルが入口から右手の白い扉を開くと、本棚や執務机が配置されたスペースが現れる。応接間とは違い、ベージュとグレーを基調とした堅い雰囲気である。


 ん、執務室? 第二王子妃の仕事ってなんだろう。俺みたいな平民にはお茶会や社交場である宴の相手以外には何も思い付かない。それが顔に浮かんでいたのか、レストルは苦笑した。


「不思議に思うのも無理ないかもな。ま、おいおい説明するさ。おっと、その先は入室禁止だ。調剤室だからな」


 執務室の向こうに見えた黒い扉を見遣り、忠告される。調剤室? そういえば前にガチガチの医学書を借りたが、姫は自分で薬を作るのだろうか。

 入ってきた扉へ戻り、今度は応接室左側の蔓模様の扉を開く。そちらはプライベートスペースらしく、ライトグリーンの絨毯が敷かれた広々とした空間にテーブルや椅子、そして趣味の本を並べるための本棚等がある。


 例の『人体の神秘』もそこに収められていた。他にも似たようなタイトルが幾つも見受けられる。ちょっとかじろう、なんて雰囲気じゃない。やっぱり趣味なんだな。ココが呟く。


「博識なんですね」


 博識とはちょっと違うような気がするけどな。どちらかというとマッドな匂いがする。

 そんな医学書と一緒になって置かれているのは『初心者にも分かる! 魔術・魔導師』なんていう導入本だった。


「へぇ、ちょっと興味があるな」


 魔術学院の一年生用の教科書みたいな感じだろうか? 熱心に見る俺達に、レストルは首を傾げた。


「プロがビギナー向けの本なんて読んでも意味ないだろう?」


 プロ? ああ、言われてみれば俺達は魔術で飯を食っているわけだから、一応はプロってことになるのか。


「少し前まで魔術学院に居たので、そこの子達が学ぶのと似たような物かなと思って」

「魔術学院? あぁ、ちらっとそんな話はセクティア様から聞いたが、二人はスウェルの兵士だったんだろう? 一体何をどうしたら隣の領の学校の先生に、なんて話になるんだ?」

「あはは。今度詳しく説明します……」


 そりゃ、疑問に思うよな。ここで説明するには長過ぎるいきさつだし、時間と場所を改めることにしよう。

 あ、ここに来た方法なんて良い世間話のネタになるんじゃなかろうか。いや、「転送術で飛ばされてきました」なんて話、信じて貰えるのか?


 プライベートスペースの奥には更に扉があり、寝室だと説明された。さすがに寝室には入らないよな? と思ったら、レストルはノックをした。誰かいるのだろうか。


「どなたかしら?」

「護衛役のレストルです。入ってもよろしいでしょうか」


 くぐもって聞こえたのは若い女性の声で、レストルの改まった口調からしても侍女ではないことが窺えた。声の主が「どうぞ。お静かにね」と返事したのを聞いて、そっと開く。


 寝室はカーテンが閉め切られ、昼だというのに薄暗い。入ってすぐに大きなベッドが二つ置かれているのが見え、「天蓋付きじゃないんだ」なんて妙な感想を抱いた。


 ふと左を見れば服が吊ってあり、衣裳部屋が続いているのだと知れたが、それよりも大事なのはベッドから立ち上がった女性だった。先ほどの声の主に違いない。


「お勤めご苦労様。何の御用かしら」


 その人は、俺とセクティア姫の間くらいの年齢に見えた。艶やかな緑の髪を頭の上部でおだんご状に結い、後ろに流している。大きな瞳と、明る目の口紅が塗られた唇はどこか挑戦的だ。


 体は全体的に細い印象で、きゅっと締まったドレスの腰から下も細身のスカートが足を覆っていた。一目で身分の高い人物だと解る。脇には侍女も控えていた。


「ユリア様、いらっしゃっていたのですね」


 ユリアと呼ばれたその女性は、「見ての通りよ」と言いつつ後ろを見遣る。その向こうには小さな子が二人、ベッドですやすやと寝息を立てている。


「久しぶりに里帰りしたのですもの、この子達の顔が見たくなりましてね。早くお昼寝から起きて欲しいものですわ」

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