第3話 最初にして最大の試練・後編
「やるだけやってみたけど、あとはどこを直したらいいか自分じゃ分からなくてさ」
「回ってみて頂けますか?」
「こうか?」
言われるまま、ココの前でくるりと一回転してみせる。まじまじと観察していた彼女は、うーんと唸ってから言った。
「……足りないのは、質感でしょうか」
え、質感? 全く予想しないアドバイスがきたな。
「ちょっと失礼しますね」
一言断ってからココは俺の肩に触れ、腕を軽く撫でた。くすぐったいし、お互いの距離が近くて、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。どくどくと鼓動の早鐘を打つ音が届いてしまいそうだ。
しかし、助言を頼んだ手前拒むわけにもいかず、歯を食いしばって耐えるしかなかった。
「やっぱり、全体的にもう少しですね」
「質感なんて、そんなに大事か? ココは俺だって分かってるから、そう感じるだけじゃ……」
「いいえ、女性は特に敏感ですよ。今のままでは絶対に見抜かれます」
ココはふるふると首を横に振って否定する。と、唐突に手を取られた。へっ?
「うーん、こういうものは言葉で伝えても理解しきれるものではありませんよね……。これもお仕事のためです。私もお手伝いを」
と言って、掴んだ手をココ自身に引き寄せようとする。っておい!
「ちょっ、待て待て待て! 何する気だっ!」
全力でストップをかけたら、「え?」と不思議そうに首を傾げられた。なんでだよ。こっちがポカンだっつの!
「でも、実際に触ってみないと分からないですよね?」
ひぃ、やっぱり変なスイッチ入ってる! 何故だ? ついさっきまで普通だったのに!?
「ばっ、馬鹿言うな! お前、俺が男だって忘れてんのか!」
ココは感知に長けた術者だ。上からかかった魔力のヴェールを透かして、本当の俺の姿が見えていても全然おかしくない。なのに、あっけらかんと言い放ちやがった。
「今は女同士じゃありませんか」
「ぎゃー! やめてくれー!」
「ヤルンさん、なんだか良い匂いがしますね」
え、匂い? 香りがするものなど室内には置いていないし、そういった術もかけていない。何のことだ……? と思ったところで、もしかしたらと閃いた。
頭に過ったのは数年前、薬師へ届けた小瓶のことだ。特殊な方法によって濃縮された魔力が詰められていて、あの時は軽く匂いを嗅いだだけで感覚が激しく乱された。
きっと、あれと似たような現象が起きているのだ。恐らく俺は術の加減に失敗していて、体に纏う魔力が濃すぎるせいで彼女をおかしくしているに違いない。
「どうかしました?」
どうかしているのはそっちだ! 原因は分かった。分かったけれど、……だ、駄目だ。迫るココを前にこちらも大いに混乱していて、魔力を抑えることも、術を解くことも儘ならない。
「ひー、セクハラ―!」
人生で最大のピンチを前に盛大に喚き散らしていたら、がちゃりと音がして扉が開けられた。焦っていて鍵を閉め忘れていたらしい。
「大声出して何やってんの、廊下まで丸聞こえだよー? ……どういう状況?」
?マークを出しまくっているキーマが救世主に見えた。
今度こそきっちり鍵を閉めて、キーマに向けて再び同じ説明を繰り返すと、予想通り爆笑された。糊みたいにくっついていたココもべりっと剥がしてもらった。イケメンて凄いな、これまでで一番尊敬した!
「あははは。災難だったね」
「全然笑いごとじゃない」
俺とキーマがベッドに腰かけ、ココは椅子にちょこんと座っている。なお、俺はようやく一息つくことが出来て、元の姿に戻っていた。
「まぁ確かにてっとり早いけど、犯罪者になっちゃうねー」
「す、すみません」
「いや、俺が悪かったんだ。本当にごめん」
赤い顔でぺこぺこと頭を下げるココに俺も頭を下げる。双方を眺めていたキーマが「思うんだけどさ」と言って続けた。
「多分、半分はヤルンの推測通りかもしれないけど、もう半分はココの中で仕事や訓練の優先度が高過ぎるせいじゃないかなぁ」
そういえば前にも似たようなことがあったな。魔力循環の訓練で俺がココを遠ざけようとした時も、今回みたいな恐ろしい流れになったんだっけか。キーマの言う通りなら、非常に困ったクセである。
「気を抜こう。別に、100点を目指す必要はないんじゃない? セクティア様もそこまでを望んでいないと思うよー?」
「あ……」
キーマの説得にココは目が覚めたような顔をした。でも、「適当」が苦手な彼女は思い切れない部分もあるのか、「でも」と呟く。
「とりあえず言葉で説明出来る範囲で微調整したら? 駄目ならあとで考えれば大丈夫だって」
「……そうですね。分かりました。ヤルンさん、一緒に頑張りましょう」
「あぁ、改めて頼む」
差し出された手を掴んで立ち上がる。やっと調子を取り戻してくれたようでホッとした。
ココが服を持ってきてくれたことで着る物の問題も解決し、髪形も動きやすいようにとポニーテールに決めた。編むのとか無理だし。
あとは彼女が指示を出し、俺が流す魔力を調整して盛ったり削ったりする。もしまた失敗しても、ストッパーのキーマがいれば大丈夫だろう。……普通は男女が逆のような気もするが。
「まるで粘土で人形を作ってるみたいだねぇ」
う、そうかも。しかし、とにもかくにも完成まで精神統一して粘土役に徹するしかない。うぐぐ、火もまた涼し……!
「いやぁ、それにしても凄いねー。ちょっと触ってもいい?」
「キーマさん、何か仰いました?」
「なんでもないですごめんなさい」
「ったく、仕事だって言ってるだろ。それ以上茶々いれてきたら、お前を美女にしてやるからな」
「それどんな脅し!?」
及第点というところまで作り終え、俺はココと共にセクティア姫に完成形を見せにいった。雇用主の合格が貰えなければ仕事は出来ない。
「わぁ、可愛くなったじゃない! 想像以上だわ」
「……どーも」
反応は上々だった。まぁ、女装を褒められても全く嬉しくはないのだが、OKを貰えたことは素直に喜んでおこう。ココ総監督に感謝だ。あまりに疲れたから打ち上げをしたいくらいである。
「んー、そうね。じゃあ、名前は――ルルちゃんに決定ね」
「ええっ!?」
待ってくれ、名前なんて要らないだろ? ココも「いいですね」なんて笑顔で賛同してるんじゃない!
「あら、呼ぶときに困るでしょ? 照れなくてもいいのに」
照れてません!!
《終》
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