第3話 最初にして最大の試練・中編
「ぐああ……! やめよう、想像するのやめよう」
どんどん膨らむ痛みに満ちた妄想を振り払い、気持ちを無理にでも切り替える。えぇと、何について考えていたんだっけ。
そうだ、服だ。細かいところは改めて服を借りた時に確認するとして、今は自分のでいいや。誰に見せるものでもないしな。……よし。
部屋の中央に立ち、両目を閉じる。頭に完成図を思い描きながら、息を吸い込んだ。
『
普段は内側にある魔力を逆転させて外側に纏う。かちりと何かがハマるような感覚があり、術がきちんと発動したのが分かった。
そろそろと閉じていた目を開いてみると、最初に見えたのは手だった。少し小さくなっていて、手首もやや細い気がする。
「おっ? 成功か?」
きょろきょろと全身を眺めまわしてみた。騎士見習い服に包まれているので分かりにくいけれど、全体的に細身で小柄な印象だ。服の上から触ってみると一応胸もあるし、腰もくびれていた。
おお、髪もきちんと想像通りに伸びてる。女性の髪といえば滑らか、という固定観念があるからか、本来の自分のものより柔らかくてサラサラだった。
「自分じゃないみたいだ」
この術を使うたびに思うことだが、今回は特にその違和感が強い。慣れるまで時間がかかるかもしれない。
「あとは顔だな」
ごくりと唾をのみ、机上に置いていた手鏡を再び手に取って覗き込んだ。うわ、そんなに変えたつもりもないのに、本当に女子っぽい顔になってる。
と、そこまできて違和感の原因の一端に気付いた。声がそのままなのだ。
「あ、あー、あー」
何度か発声して、それらしい声を作る。ノドにも術がかかっているから、こちらもイメージ通り少しだけ高くなった。甲高いのは好きじゃないからこれでいい。自分の声が可愛くても怖いだけだし。
「んー、これで完成か? イマイチ何か足りないような……どこだぁ?」
修正部分を探して全身を眺めまわす。この術の欠点は、自分では完成の度合いが分からないことだった。
遊びなら適当に済ませてしまえるけれど、この姿はいわば仕事着だ。やはり他者にチェックして貰う必要がある。
「誰に頼むかな……」
さて、悩むところだ。最初に浮かんだのはセクティア姫だった。いや、彼女に見せるのは最後にすべきだろう。今は服作りでいうと仮縫いの状態だ。王族にお針子みたいな真似をさせるわけにもいくまい。
「んじゃ、キーマか? ……駄目だろ」
俺よりは女性慣れしていても、あいつも男だ。この格好を見せても参考になる意見をくれるどころか、からかわれる未来しか見えない。爆笑されるのがオチだ。
師匠……も、どうだろうなぁ。術に関しては完成度が上がるアドバイスを貰えそうでも、今求めている方向とは違う気がする。となれば、やはり頼れるのはココしかいないか?
「問題はどう相談を切り出すか、だよな」
さっき振り払った妄想が脳内で蘇りかける。会話のタイミングや内容を誤ると、あっさりと現実と化すだろう。ううーむ。細くなった腕を組んで延々と悩んでいると、とんとんとん、とノック音がした。
「この忙しい時に誰だぁ? はいはい、今開けますよっと」
がちゃ。開けるとそこには私服姿のココが立っていて――笑顔で硬直していた。なんでだ……あ。術を解除するの忘れてた……!
「や、やや、や」
わー、どうするどうする。今更誤魔化せないよな!? 数秒間はばっちり固まっていたココが目を大きく見開き、笑顔を驚愕に変え、唇を震わせる。指がゆっくりと俺をさした。
ココには多分、魔力の気配で正体が分かっているのだ。その感覚と目の前の光景がかけ離れているから、余計に混乱しているのだろう。
「お、おう。何か用か?」
弁解が一切思い付かず、ひとまずいつものように声をかけてみた。それがきっかけとなり、彼女もなんとか声を絞り出す。
「や、ヤルン、さん? ですか?」
「そうだけど……」
「え、ええぇぇえぇっ! どうしてそんな」
「わーっ、大声出さないでくれっ」
慌てて腕を掴んで部屋に引き込み、扉をバタンとしめる。大騒ぎされて他の人に見られたらもっと面倒なことになってしまうだろう。はぁ、誰にも聞かれてないよな?
おっと、腕を掴んだままだった。「悪い」と断って放したけれど、ココは瞳を揺らし、この状況にどう反応して良いか迷っているようだった。
それでも意を決した風に問いかけてくる。
「あ、あの、その格好は……ご趣味ですか?」
「違うッ!!」
肺の奥から全ての息を吐き出す勢いで否定する。なんで最初に出てくる予想がそれ!?
「え、違うんですか? 私、てっきり」
「『てっきり』じゃない! ココの中の俺のイメージってどんな感じになってんだ!?」
あー、声が高めだからツッコミもヒステリックに聞こえるな。じゃなくて、この壮大な誤解を解かなければ、恐ろしい妄想がマジで現実になりそうだ。
「し、仕事!」
俺は自分でもまだ受け入れきれていない事情を淡々と語って聞かせた。初めは驚くばかりだったココも、話を聞き、開かれたままの分厚い資料を見てやっと冷静さを取り戻してくれた。良かった。命拾いした。
「そうだったんですね。すみません。驚いてしまって」
「いや、こっちこそ悪かったな。それより、何か用事があって来たんじゃないのか?」
「いえ。少しお買い物に行きたかったので、ご一緒にどうかと思って」
「あー、先にこっちを片付けたいんだ。出来れば手伝って貰えると助かるんだけど」
そう伝えると、ココはやっと元の笑顔に戻って快諾してくれた。
◇理不尽に慣れ過ぎて常識が迷子の主人公。
ちなみに変装術はあくまで見た目や触感を幻で変えるだけです。キグルミみたいなものですかね。
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