第3話 最初にして最大の試練・前編
【注意!】主人公が女の子に?という、中々にふざけたお話です。ギャグ一辺倒ですが、そういった内容が苦手な方はお気を付けください。
「はいこれ」
美しい家具や調度品で埋め尽くされた室内。セクティア姫に一人で来るようにと自室に呼び出され、ぽんと、いや、どんと渡されたのは一冊の分厚い革表紙の本だった。なんだこれ?
意味が分からず本から顔を上げると、姫は真剣な表情で言った。
「貴方には女の子になって貰うわ」
「……は?」
良く聞き取れなかった。今、この人は衝撃的な発言をしなかったか? ぽかんとしていると、彼女は自分の綺麗に整えられた髪を指でいじりながら「だから」と繰り返す。
「貴方には女性になって貰うと言ったの。もちろん、いつもってわけじゃなくて、女性だけのお茶会の時とか、男性に入られるとちょっと雰囲気的に困る時限定でね」
「お、女になれって言いました……? じじ、女装しろってこと!?」
突然何を言い出すのだ。幾ら俺がそこまで背の高い方じゃないとしても、そんなの一発でバレるだろ! へんたいだ、へんたいがいる!
「失礼なこと考えてるでしょ。……知ってるわよ。魔術で姿を変えらるんでしょ?」
「えっ、あ、……あー」
ピンときた。もしかして変装術のことか。確かにあの術は外見を変えられる。でも、だからって何故俺がわざわざ!?
「ちゃんと、本物の女性の護衛を付けたらいいじゃないスか!」
唾を飛ばす勢いで抗議したら、「分かってないわね」と呆れられてしまった。
「私は女なの。当然、社交相手は女性が多いわ。そのたびに貴方を休ませておけると思う? 何のために雇ったのか分からないじゃない」
う、正論を吐かれると黙るしかない。いや、最初から分かっていなければならないことだったのか……? うーん?
「それに、私の護衛には魔導師が少ないのよ。前にも言ったけれど、ずっと頼みにしていた子は結婚を理由に辞めてしまったし、ココにばかり負担をかけるつもり?」
「う……」
そう言われてしまうと苦しい。それにこの状況は俺が「騎士になりたい」と望んだことの結果なのだ。我儘など言える立場ではないし、雇い主の主張は間違ってはいない、と思う。多分。
「分かって貰えたなら嬉しいわ。そこで、その本が役に立つと思うの」
視線を落とす。手にあるのは渡されたばかりの『人体の神秘』という重い書物だった。少し捲ってみると、タイトルに違わぬガチの医学系の解説書のようだ。お、図解も多いな。
「私の愛読書のひとつよ。貸してあげるから、汚さないでね」
「はぁ、どうも」
これが愛読書って凄いな。インドアよりアウトドアが好きな人だと思っていたけれど、なかなかのインテリでもあるのかもしれない。謎の多いお姫様だ。
「うーん、そうね。骨格的に、貴方は美人系より可愛い系が向いていると思うわ」
「えっ」
「その方が私も見ていて楽しいし」
ひっという引きつれた声が自分のノドから漏れる。見ていて楽しいってどういう意味だ。年上の女性にそういう発言をされると、めちゃくちゃ怖いんですけど!? ドン引きしていると、くすくす笑われた。
「いやぁね。ずっと立たせておくなら、
笑い交じりに重ねられる言い訳が、こちらの頭には入ってこない。
「安心して、悪いようにはしないから」
姫君は、まるで悪徳商人みたいなセリフをお吐きになった。退室の際、入口に立つ侍女と目が合う。彼女の瞳には憐みが多分に含まれていた。やめてくれ、そんな目で見ないでくれっ!
なんとかふらふらする頭のまま自分の部屋に辿り着き、本を丁寧に机に置いたあと、ベッドに座り込んだ。そのままぐてりと横になる。
「疲れた……」
たった数分のやりとりだったのに、どっと疲れた。全身の生気が抜けてしまったみたいだ。しばらくそのままの姿勢でいたが、改めて冷静になってみると、恥ずかしさが込み上げてきた。
「深く考えたら駄目だ」
呟き、自覚する。この手の問題は沈思黙考したら負けだ。どちらにしろ逃げ道はないのだ。あるとすれば退職……絶対にそれだけはありえない。
「女装が恥ずかしかったから」とか、どこに出しても恥ずかし過ぎる退職理由だろ!
俺は無言のまま立ち上がり、席に座って本のページをぺらぺらと捲った。最初に感じた通り、人体の組成について書かれた難しめの医学書である。
こういった書物は初めてではなかった。治癒術や薬の調合を習得する過程などで必要だったため、何冊かは読んだことがある。
「うーん、この辺か……?」
変装術は風と水を応用して幻を作り出し、外見を変える術だ。魔力のヴェールをかぶる感じと言えば伝わるだろうか。術の特性上、イメージ出来ないものには変われず、リアリティが足りないと失敗する。
『人体の神秘』はそのための資料で、今回必要なのは……骨格についての記述だな。あとは脂肪や筋肉の付き方か。ざっと確認すれば、かつて学んだ記憶とも符合した。
「仕方ない。覚悟決めてやってみるとするかな」
うじうじ悩んでいても状況は好転しない。俺は机の引き出しから簡素な手鏡を取り出して自分の顔を客観的に観察してみた。実年齢に比べていささか童顔気味なのが気になるところだ。
だから姫も「可愛い系が向いている」と言ったのだろう。いやいや、綺麗系の美女になりたいとか、そんなじゃないから。無理しても自爆するって分かってるだけだから!
「……誰に弁解してんだよ」
自問自答していても憔悴する一方だし、まずはイメージしてみよう。顔つきはそんなに変えない方が違和感も少ないだろう。多少輪郭を丸くして、目を大きくする程度にとどめるか。唇の色味も濃くしよう。
髪は背中の真ん中くらいまで伸ばしてみるかな。っていうか、編み方とか分からんぞ。むしろ要るのはそっちの資料だったな。
「服は……、あ、女性用の服、貸して貰うの忘れてた」
実際に着るわけじゃなく、参考にするのだ。パンツスタイルのデザインは男女でほぼ同じのはずだが、体のラインが違うのだから恐らく作りも違うだろうし、他にも微妙に差異があるかもしれない。
「スカートじゃなくて本当に良かったぜ。あぁそうだ、ココに借りれば……って馬鹿か!」
どの面下げて、「良かったら服を貸してくれないか?」などと頼む気だ。そんなことをしたら、変態確定コースへまっしぐらじゃないか。これまでに築いた友人関係はあっけなく終わりを迎えるだろう。
生真面目な彼女に軽蔑の眼差しで罵られたら、絶命する自信がある!
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