第2話 荷物運びと黒い石・後編
「じゃが、関所やウォーデンでは同じようにはいくまい? 仕方なく、上司として説明責任は果たしておいたぞ」
「そりゃ、どーも」
「ありがとうございます」
おお、一応、上司である認識はあったのか。すっかり忘れ去ってると思ってた。久しぶりに師匠がまっとうに活躍している話を聞いたぜ。
「言いたいことがあるならはっきり言葉にしたらどうじゃ?」
「いえ何も」
「しかし、褒められた行為でもないでな。王都勤めも、しばらくほとぼりをさますのには良い機会じゃろうて」
って、やっぱりそういう魂胆かよ。素直過ぎると思ったぜ。
「それで、あの荷物はどこに運べば良いんスか」
「まぁそう焦るな。飯を食いに来たのじゃろう」
違う違う。確かに空腹を感じてはいる。が、違う。俺達は師匠がここにいると聞いて捜しにきたのだ。
「あんなところに荷物を置きっ放しにしておいたら、誰に睨まれるか分かったものじゃないでしょーが」
ぱっと見ただけでも凄く邪魔そうだったし、放置していたら怒る人間もいるはずだ。これから世話になる場所で無闇に敵を作る行為は極力避けたい。
「あの部屋は誰でも入れますし。……荷物を触られたくないです」
「仕方ないのう」
ココが遠慮がちに追撃し、それが決定打になったのか、師匠が重い腰を上げた。なんだよ、その態度の違いは。差別反対!
そんなわけで、一度来た道を引き返した俺達は無造作に置かれていた箱に重力操作の術をかけ、浮かせて運ぶことにした。前から師匠、俺、荷物、ココ、キーマの順で廊下を歩いていく。
「なにあれ」
「手品師か?」
「おい、すごいぞ。来てみろよ」
「うぅ、目立ってます……」
「自覚したくないから言うのやめてくれ」
案の定、現在進行形で衆目の的だ。今もすれ違った人が二度見、いや三度見した。やめろ、こっち見んな、人を呼ぶんじゃない!
どんなに恥ずかしかろうが途中で放り出すわけにもいかず、増える一方のギャラリーに俯く顔はどんどん熱くなっていく。指さすな、笑うなっ!
心の中で幾ら嘆いたり罵ったところで誰にも聞こえやしないだろうが、他に出来ることも思いつかなかった。
「いや、小声だけど口から全部出てるから」
「う~、見られてます~」
「だから言うのやめろって。あーもー、いっそ透明人間になりたい……!」
「あはは、それはもっとずっとややこしいことになるだろうね」
「何を些末なことを。堂々としておれば良かろう?」
生憎こっちはフツーの心臓の持ち主なんだよ! 目的の部屋は兵舎を出て割と離れた先の騎士寮にあり、道中、苦痛の時間のなんと長く感じられたことか。
この騒ぎは後に「民族大移動」と名付けられ、末永~く語りつがれてしまうことになるのだが、今の俺達には知るよしもない。
騎士領は一階が談話室兼食堂で、二階への階段は男女別に分かれていた。
キーマと隣り合わせの部屋に荷物を置いてから、一階に再度降りれば、師匠が今度は別の物を懐から取り出した。すっかりお馴染みの魔力を抑える腕輪である。
「そっか、ここ王都だもんな。付けてないとマズイか」
「あっ、見て下さい!」
先に受け取って嵌めたココが声をあげ、目を向けて驚いた。石が、赤い! 元は深い青だったのが、薄い赤色に変化している。魔力の総量が増えた証だ。
待てよ、ココがこれだけ増えたなら……? ところが、不安を抱える俺に師匠が差し出してきたのは腕輪ではなく、銀色の小さくて細長い筒のような何かだった。
「お主にはこれじゃ」
「なんだこれ?」
摘みあげて色々な角度から眺めてみる。石らしきものは付いているから、同じ効果の物なのだろうが……。横から覗いたキーマが言った。
「カフスかな。ほら、耳に付けるやつ」
「ですね。ちょっと貸して下さい」
言われるがまま手渡すと、軽く髪をかき分けて左耳にかちりと付けてくれる。魔力が抑えられる感覚がして、それも去ると――キーマとココがカフスを凝視して固まっていた。うわぁ、嫌な予感がするな……!
「い、石が……黒いです。真っ黒ですよ」
「黒い? おいおい何言ってんだ。上限は赤だろ? 笑えない冗談はやめろよな」
スルーしようとする俺に、ココが手のひらサイズの鏡を取り出して向けてくる。映るカフスの石は、確かにペンのインクみたいに黒々としていた。
「ひえっ、なんだこれっ」
「予想通りか。準備しておいて良かったのう」
「一人で納得してないで説明してくれって!」
師匠は取り乱すこともなく、淡々と「驚くことなどあるまい」と言った。じいさんの見立てでは、ファタリアに居た時点で腕輪の限界に近かったらしい。
「更に強い物が必要じゃろうと思うて作っておいたのじゃ。方々にも申請は済ませてある。心配は要らぬぞ」
そっちの心配じゃなくてだな、俺の身に何が起きてるのか教えてくれよ!
「なぁに、魔力が増えただけのことよ。ここまで増えるとは考えておらなんだが……、年齢的にも身体的にも、もう打ち止めのはずじゃ」
そんな恐ろしい説明で誰が安心するというのだ。師匠は「色が人目に付かないように、髪で隠せるカフスにしておいたぞ」と妙な恩を着せてきた。大事なのはそこじゃねぇ。
散々人をビビらせておいて、最後の最後に付け加えた一言は、俺を絶望のどん底に突き落とした。
「そこまで増えると、万が一の時に何が起こるかはわしにも分からん。様々な魔術を会得した今となっては単純な暴発では済むまいて。これまで以上に気を付けておくことじゃ。良いな?」
「そんな……! い、良いわけないだろっ!?」
《終》
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