第1話 大嵐の幕開け・後編

「あの、お話してもよろしいでしょうか」


 話の流れを変えたのは、どこか所在なさげな表情のココだった。足元で両手をきつく握り締めている。そうか、俺と師匠が王城に来ることになったら、ココの立場はどうなるんだ?


「セクティア様、彼女は」

「知っているわ。貴女がココでしょう?」


 姫はこともなげに言う。口振りからすると、独自に調べたのだろう。それもココだけじゃなく、スカウトする俺に関わる人間、全員を。


「貴女は一人前の魔導師になるのが夢だと聞いているけれど、合っているかしら」

「は、はい。そうです」

「なら、貴女も私の護衛役にならない? 役職は宮廷魔導師見習いでどうかしら」

「えっ」


 ココが目を丸くする。いや、三人とも同じ顔をしていたと思う。ここに飛ばされてきてからずっと、急展開続きだ。


「欠員が出たと言ったでしょう。ヤルンはしばらく訓練をこなしながらの変則的な勤務になるでしょうし、人数は多い方が助かるわ」

「ほ、本当に……?」


 声が上擦っている。俺と同じくらいの見事な食いつき振りに気を良くしたらしい姫がくすっと笑った。


「信じられない? ねぇ、シン、あれを持ってきて頂戴」


「畏まりました」とシンが応え、どこかからたっぷりとした黒い布を運んでくる。彼はそれを恭しい仕草で俺とココに一枚ずつ手渡した。ぱっと広げて、我が目を疑う。


「こ、これっ、マスターローブじゃありませんか!」


 ココの口から驚愕がほとばしる。柔らかい黒地に銀糸の刺繍が散りばめられたそのローブは、どこからどう見ても「魔導師」に認められた者の証に相違なかった。


「私の護衛役になるのに、『魔導士』のままってわけにはね。あぁ、ちゃんとヤルンには騎士見習いの服も誂えるから」

「でも、そんな称号、貰っても良いんスか?」


 魔導師の称号を得るには色々な方法があるが、俺もココもまだその要件を満たしていない。戸惑いを率直にぶつけたら、脇から師匠が口を挟んできた。


「何を言うておる。許可ならとっくにおりておるわ。あれだけの仕事や訓練をこなしておいて、まだかかると思っておったのか? 最低の合格ラインは学院に向かう前に超えておったし、向こうでは論文を書いたじゃろう。あれが決定打になっての」

『ええっ』


 今日は本当に驚かされてばかりだ。しかも話はそこで終わりじゃなかった。


「貴方達が書いたあの論文ね、学会が大揺れだったそうよ」


 あ? 学会が大揺れ……? なんで!? 師匠が再び口を開く。


「術の完成度と論文の出来はそれなりとして、ポイントは発表者であるお主らが持つ魔力の量じゃろうな」


 聞けば、熟練の魔導師になると、文章を読むだけで術の完成までにどれくらいの魔力が必要なのかが分かるらしい。あー、確かに何度も気絶するくらいには必要だったな。

 ……そうか。魔力が有り余って困っていたのだから、新しい魔術を考えるのに使えば良かったんだ! くっそ、気づくのが遅すぎた!


「お偉方は、お主らが発表した論文から開発過程で必要と思われる魔力を推量し、さぞかし驚いたのじゃろうな」

「危なかったのよ。もう少しでそっちに引き込まれかけてたんだから。全く、油断も隙もない。私のえも……大事な護衛候補を他に渡してたまるものですか」


 今確実に「獲物」って言いかけたよな? その時、もう一度ココが声をあげた。


「あのっ、やっぱり私も騎士見習いにしてください」

「あら、私はどちらでも構わないけれど……?」


 なんでだ? 一流の魔導師になるのがココの目標だったはずだ。宮廷魔導師なんて、そのものズバリじゃないか。全員の視線を一身に受け、やや赤い顔をしたココがちらりと俺の顔を見、心境を吐露した。


「魔術学院の先生方を見て感じたんです。私がなりたいのは『あらゆる魔術に精通した使い手』です。研究者ではありません」

「……そう、解ったわ。貴女の分の騎士見習い服も誂えないとね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「ココ、良かったな。これからも一緒に頑張ろうぜ」

「はい!」


 満面の笑みが眩しい。いやぁ、紆余曲折あったが、これで大団円だなー。などと満足していると、実はずっと俺とココの間に座っていたキーマが言った。


「って、自分のこと、完全に忘れ去らないでくれる?」

「貴方のことも知っているわ。キーマでしょう?」


 姫は前置きし、「付いて来るとは思っていなかった」と付け加えた。だよな、こいつは師匠の弟子でもないし、魔導士ですらない。完全にイレギュラーの存在だ。


「そうね、剣の腕はかなりのものと聞いているし、帰してしまうのも勿体ないのよね」

「なんでも良いので、ここに置いて頂けると有難いのですが」


 なんでもいいなんて自己アピールがあるか。ふん、どうせ俺が起こす騒動を傍で見たいとか、そんな下らない理由だな? もう騎士(見習い)になるんだから、騒ぎなんて起こすわけないだろ?


「そうだわ」


 呆れて眺めていると、姫がにやりと笑って両手を打った。何か良い案が浮かんだようだが、何故か悪戯を思い付いた子どもみたいで怪しげだ。


「私に任せておいて。ピッタリの就職口を斡旋あっせんしてあげる」


 後日、姫はキーマも騎士見習いにした上で、なんと自身の夫であるスヴェイン王子の護衛役に任命した。これまでに垣間見た限りでも苛烈な夫婦間に、一体どんな恐ろしい抗争が起きたのか……俺は考えたくもない。


《終》

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