第8話 決戦、職員会議!・後編

「誰かが逃げ出したら追いかけるつもりでしたし、怒鳴られたら怒鳴り返しました。攻撃されたら反撃するつもりでしたよ」


 見た目に似合わず、なんと過激なリーダー振りか。そう言うと、「部下のストレスを発散させるのも上司の大事な仕事です」なんて返事がかえってくる。んー、なんかニュアンスが違うような……?


「結局、何も起こりませんでしたけれどね」


 あれだけの不満を如実に募らせておきながら、ついぞ発言はなかった。理由が信頼か恐怖かは微妙なところだ。僅かでも立ち直ったココが「でも、もし」と至極当然の指摘を口にする。


「あの人数の魔導師が本気で戦闘行為を始めたら、校舎が崩壊していた恐れもあったのでは……?」


 ちょっと想像してみてすぐに後悔した。乱れ飛ぶ火矢や氷槍、逆巻く風に轟く雷鳴、そしてもの凄い形相の魔導師達……この世の地獄かよ!


「あら、結界の用意ならしていましたよ。この間のお二人の実戦訓練の話を聞いて、ぜひ参考にしたいと思っていましたもの」


 ちょ、この人マジもんのガチ勢なんですけど! もしかして根は師匠と同類なんじゃないだろうな!?


「まぁとにかく案は通ったのですから良しとしましょう」

「……うまく進むでしょうか?」

「トラブルがあったとしても、その時はその時です」


 俺の不安げな呟きにもブレない柔和な笑みで返す学院長を前に、恐怖政治のなんたるかを思い知った気がして、疲れがどっと背中に覆いかぶさるのを感じた。

 しかし、学院長の用件はそれで終わりではなかった。


「ところで」

「なんですか?」


 嫌な予感がする。出来ることなら聞かずに済ませてしまいたい話の時のヒヤリ感がして、それは見事に的中した。


「貴方達、このまま正式にこの学院の職員になって頂けない?」

『えっ』

「お分かりの通り、お二人のような人材が必要なのです。もちろん待遇はそちらの意に沿うようにします」


 わっ来た、引き抜きだ! 学院長の素振りから少しだけそんな気はしてたが、こうもどストレートに来るとは。当然、俺の答えはNOだし、ココが残留を選ぶとも思えない。


「有難いお話ですが、自分達はスウェルの人間で、オルティリト教官の助手ですから。上司に無断で決めることは出来ません」


 ココもこくこくと頷いた。無難そうに聞こえて、要するに「師匠を無視すると面倒臭いぞ」という脅しである。ていうか事実だしな。

 下手を打つと学院は物理的に崩壊しかねない。せっかく立て直そうとしているのに、それでは全てが水の泡だ。勿体ない。


「あら、ではマスター・オルティリトにご相談してみましょうか」


 えー、学院長の威圧感をもってしても無理じゃねぇかな。あのじいさん、王族にだって真っ向から主張してたくらいだし。いや、折れられても困るがな? 騎士が確実に遠ざかっちまうから。

 交渉の余地があると思われては大変だし、とにかくキッパリはっきり断ろう!


「自分達にはそれぞれ目標がありますから。そのためにも今の立場を外れるつもりはありません」

「だったら、3人揃ってウォーデンに移籍しては? そこから学院に出向という形ではいかが?」


 うおお、なんかどこかで見た展開! 人をスカウトしようと目論もくろむ人間の考えることは皆似たようなものなのか? でも今はあの時と違って師匠がいない。

 くそ、どうすれば納得して貰えるんだ? 搦め手から攻められるのは苦手なんだって! 俺の狼狽を見てとったか、ココが服をクイクイと引っ張った。


「なんだ?」

「ヤルンさん、あれをお見せになっては?」

「あれ? ……あっ」


 そうだ、すっかり忘れてた! 俺は懐をがさごそやって、薄っぺらい紙を取り出し、表ではなく裏を学院長に見せる。それだけの仕草で、明らかに彼女は驚きを顔に浮かべた。


「それは、王族の……!?」


 今出したのはセクティア姫からの手紙が入った封筒だ。裏には大輪の花を象った紋章が封蝋として刻印されており、見る者が見れば誰から宛てられたものかは一目瞭然だった。


「お察しの通りです。ですので、どうかご容赦ください」

「……そう、それでは仕方ありませんわね」


 切ったカードの効果は抜群だった。はー、助かった! 危ない危ない、もうちょっとで学校の先生にされるところだった。怖過ぎ!

 そういえばいつかの手紙にも「どこかから声がかかったら、これを使って撃退しろ」って書かれていたっけ。でも、まさか本当に使うことになるとは思わなかったぜ。


 心臓がバクバクいうのを完全に抑えきる前に俺達は退室し、キーマに事の次第を愚痴った。するとキーマは怒りに満ちた瞳を向けて言った。


「もしそれが事実になってたら、スウェルに一人で帰らなきゃいけなかったってこと? 向こうでも物凄く叱られそうだし、なによりオルティリト師の怒りを一身に受けるなんて事態、絶対にお断りだよ……!!」


 うん、あまりに焦り過ぎて、お前のこと完全に忘れたわ。すまん。


《終》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る