第8話 決戦、職員会議!・中編

 マジで勘弁してくれよ。

 会議のさ中、具体案を説明する間中、俺達は膨れあがっていくそれを肌でビリビリ感じていた。


 出席者は全員「魔導師」だ。不安や不満が魔力という形で体から漏れ、威圧感となって場を支配していた。そんな毒気にあてられては、息が詰まるなんてもんじゃない。


 俺は指先が震えそうになるのを、拳を握り込んで誤魔化さなければならなかった。ココも気を抜くと歯の根が合わなくなりそうになるのを、ぐっと堪えて笑顔を貼り付けている。


「何か、ご意見がありまして?」


 学院長だって、絶対に場の雰囲気に気づいていたはずだ。

 学院長派はともかく、副院長派の頭は「ご意見」でいっぱいだったはずだし、普段は日和見を決め込んでいる先生達の顔にも動揺がありありと浮かんでいた。きっと皆がダッシュで逃げ出したかったに違いない。


「……」


 沈黙が痛い。会議ではもっと議論が交わされるものだと思っていた。不満があれば聞き、意見を交換し、計画をよりよく改善し、それなりに気持ちよく解散できるものだと。

 そんな気配は微塵もなかった。誰も何も言わず、まるで全員が石像になったみたいに、物音ひとつ立たない時間が流れた。


「あら、何もなくて?」


 そうなってしまった理由も明白だった。この場にいる誰よりも強くはっきりと、学院長自身が強烈な威圧感を放っていたからだ。口では意見を問いながら、息を吸うことも許さない緊張を全員に強いていた。

 恐ろしい権力者を前に真っ当な人間が意見など出来るはずがあろうか。やがて数刻の後、彼女は満足そうに頷いて決断を下した。


「それでは、今後はこの計画に沿って学院を運営していくこととします。お疲れ様でした」



「つっかれたぁ!」


 どさーっと長机に突っ伏すと、ひんやりとした感触が頬に心地よい。体が鉛みたいに重くて、すぐには顔を上げられそうになかった。


「片付けの手伝いに来たよ……って、また随分と疲れてるみたいだね」


 会議が終わり、先生達が出払ったのを見計らって入って来たキーマが、ぐったりと机に身を預ける俺を見て言った。

 こいつはそもそも俺とココの護衛という身分だったし、魔導士でもないので会議には出席していなかったのだ。ちっ、羨ましい奴め。


「それにしても、あの勢いには驚かされましたね」


 ココの言葉に「あぁ」とだけ応える。学院長のことだ。俺も、まさかあそこまで力技でゴリ押すとは想定していなかった。


「先生達も疲れた顔してたけど、そんなに凄かったんだ? 派閥間の対立はなかったわけ?」


 複数の人間が集まれば、そこには多かれ少なかれグループ……派閥が生まれる。学院もその例に漏れることはない。

 まだ内情を知り尽くすほどの時間を過ごしてはいないけれど、それでも「学院長派」と「副院長派」、どちらにも属さない「日和見派」の3グループがあることくらいは分かっていた。


「副院長が少し苦言を呈していましたけど……」


 今の会議であれば、副院長に同調していたのが副院長派だ。リーダーが右と言えば自分も右、左と言えば左なんて、始終分かりやすすぎる腰ぎんちゃくぶりだった。


「ふぅん。副院長をしているくらいだし、学院内で力があるんだろうね。真面目そうな人だし」


 俺なんかよりもずっと人間関係のあれこれに精通しているキーマが、言いながら空になった席の一つに陣取る。


「おい、ここで反省会でもおっ始める気か? 後にしてくれよ」

「ヤルンが回復するまで、だよ」


 余計に疲れそうなんだけど? という文句は笑顔でスルーされた。


「それで? その反対を学院長が押し切って強行採決したってこと? みんな良く賛成したね」

「賛成……。あれを賛成と言って良いのかどうか」


 歯切れの悪いココの反応に、キーマが首を傾げる。俺もあれを「満場一致で可決」と表現されたら違和感が凄い。異議ありまくりだ。


「結局、何があったのさ」

「だから、それは……うーん」


 説明しようとして、まだ自分の中で全く消化出来ていないことに思い至る。こりゃ駄目だ。こんな状態で話をしたって、苛々と不満がたまる一方だろう。

 こういう時に助け舟を出してくれるココも無言なところを見るに、似たような気分なのだと思った。なら、余計に反省会は後回しで決定だな。


「だから! 詳しい話は後だ後! ほれ、片付け手伝え!」

「ええー? 蚊帳の外なんて酷くない?」


 なおも聞きたがるキーマを無視して、気持ちに鞭打つ思いで無理やり体を起こし、机椅子を動かし始めたのだった。



「本当にあれで良かったんですか?」


 翌日、改めて院長室に呼ばれた俺達は、座るよう促されたソファに腰かけるやいなや率直に訊ねた。

 唐突過ぎたのか、学院長は紅茶のカップを軽く持ち上げた姿勢のまま、二三瞬きをした。その目元と口元を柔和な笑みに変えて「えぇ」と頷き、一口含む。


「随分とお二人を驚かせてしまったようですね。謝ります」


 そこを謝られると思っていなかった俺は拍子抜けしてしまい、隣に座るココが「いえ、それは、別に」としどろもどろに首を振る。


「まさか私があんなふうに振る舞うとは思っていなかったでしょう?」


 ふふっと、イタズラが成功したみたいに笑う学院長はまるで子どもみたいで、昨日の会議の時と同一人物だとはとても思えない。

 俺は、はああと肺が空っぽになるまで息を吐き出し、少しだけ吸い込んだ。紅茶の香りがやけに甘く感じられた。


「正直、思いっ切り逃げ出したかったですよ」

「私も、誰か逃げ出すのではないかと思っていたのですよ」

「えっ?」


 優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ学院長が、とんでもないことを言ってまた笑った。ちらりと目をやると、ココが取り落としそうになったカップを慌てて両手でつかまえている。


「もしかして、逃げ出して欲しかったんですか……?」

「というと、語弊がありますね。本当は、逃げ出すなり、怒鳴るなり、私を攻撃するなり、何でも良いから反応が欲しかったのです」


 思わぬ告白に呆気に取られてしまう。攻撃されたかったって、この人は一体何を言い出すんだ!?


「私達の提案は、無茶なものだったでしょう?」

「そりゃ、まぁ」


 自分で言うのもなんだが、「ちょっと方向転換してくれよ」では済まない内容だった。弓兵に「よし、明日からお前は槍兵な」と言うようなものだ。


「貴方だったら、上司にそんなことを言われたらどうします?」

「ぶち切れて容赦なくぶっ飛ばし……あ」


 やべ、本音が出ちまった。慌てて隣に目で助けを求めるも、ココは未だ白い顔で固まったまま、とてもフォローしてくれる様子はない。


「いや、えと、今のは自分の上司が酷いことばかり言う人なので、ついというか」


 言い訳は空回りするばかりで、ちっとも功を奏してはくれなかったが、院長はまたしてもふふと微笑んだ。


「構いませんよ。私が狙っていたのはそれなのですから」

「あぁ……」


 すとん、と腑に落ちる。会議の重苦しい空気も、学院長が見せた態度も、全ては先生達から本音を聞き出すための作戦だったのか。

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