第10話 魔力と金策・後編

「な、何だ?」


 突然、胸のあたりがぞわりとした。でも、疑問を口にしながらも、頭の隅で予感もしていた。この総毛立つおぞましい感覚には覚えがあったからだ。

 青い顔で振り返ると、そこには思った通り、魔術用の道具――魔導具を扱う店が異様な存在感を放ちながら佇んでいた。


「おや、また何か買いに来たのかい?」


 師匠のお使いで、もうすっかり顔馴染みになってしまった店主のばあさんが、俺を見つけて声をかけてくる。紫色の特製魔術よけローブに身を包み、お決まりの怪しげな笑みを浮かべていた。


「あ、いや、今日は……」


 スウェルには魔導具を売る店はここひとつきりしかない。魔導具が魔力を持たない人間にはほとんど無価値なシロモノで、扱いには危険が伴うせいだ。リスクが高くて誰もやりたがらないのだろう。


 店の表には、水晶玉やお守りのペンダントなどが所狭しと陳列されているが、このばあさんに声をかけてまで買おうって猛者がいるのか、常々疑問に思う。


「何か言ったかい?」

「いやっ、何も!」


 じろりと睨め付けられ、冷や汗を垂らしながら否定する。じいさんといいばあさんといい、年を取ると人の考えていることが分かるようになるのだろうか。


「それにしても、魔導具って値が張るよな」

「何を今更。その『値が張る』ものを、いつも散々買い込んでいくじゃないか」

「そーなんだけどさ」


 たとえば目の前に無造作に置かれた手のひら大の水晶だって、目玉が飛び出る値段だ。置物に使うような普通の水晶ではないからだ。


「俺にも作れないかな?」


 ぼそりと呟くと、店主は意味深に息を吐いて「なんだい」と口の端を上げた。


「今度は魔導具士に転職するのかい?」

「へっ?」


 魔導具士とは、魔術に使用する品物を作成する専門家のことだ。入手が困難な材料を用いたものや、難しい術が組み込まれたもの、強い魔力を含んだものの作成には、専門的なノウハウが必要になる。


「お前さんほどの魔力と知識があれば、出来なくはないだろうねぇ」


 興味はある。魔導具の作成は、これまでずっとやってきた魔術の鍛錬や魔術書の解読とは、また違った強さへのアプローチの仕方だ。それに、作れるようになれば出費を減らせるし。


「今、ちょっとお金が必要でさ。何かないかなーと」

「お金? 金には厳しいお前さんが金策かい? あぁ、オルティリト絡みか。仕方ない師匠だねぇ」


 ばあさんは暇を持て余しているのか、「参考までに言っておくと」と前置きして、懐から取り出した煙草に火をつけ、煙をくゆらせながら教えてくれた。


「魔導具士は職人に弟子入りして教わるのが一般的だよ。弟子は長い年月をかけて勉強しながら、じょじょに複雑な魔導具を扱う許可を師匠から得ていくのさ。魔術と同じだろう?」

「確かに」

「一気に儲けたいってんなら他を当たるんだね」


 腕を組んでうーんと唸った。別に一攫千金を狙っているわけじゃない。正規の給金以外の収入が欲しいだけだ。


「ちょこっと稼げれば良いだけなんだけどなぁ」


 思わず漏らした呟きに、ばあさんの眉毛がぴくりと動いた。



「早かったのう」


 チャリチャリと小銭が鳴る。俺は師匠の乱雑に書類が積み重なった机に硬貨を1枚ずつ積み上げた。


「足りてるでしょ」

「うむ、確かに」


 実はこれ以外にもう少しばかり稼いできたのだが、わざわざ教えてやる義理もない。残金でココやキーマとティータイムを楽しむくらいは、神様も許してくれるはずだ。


「じゃあ今日はもう上がります。これからは気を付けて下さいよ、もう金策なんか嫌っスからね」


 踵を返そうとしたところで、師匠が「待て」と短く告げる。それは有無を言わさぬ響きを含んでいて、反射的に足を止めてしまった。あちゃあ、とっとと逃げときゃ良かったぜ。


「なんスか。こっちは疲れてるんだから休ませて……」

「お主、魔力を使ったな?」

「サテ、ナンノコトヤラ」

「常にあれだけ放っておる魔力の気配をそんなに薄れさせておいて、シラを切れると思う方がおかしいわい」


 はぁ、とこれ見よがしに溜息を吐かれる。むむぅ、やはり隠し通せるものじゃないか。これでも抑えているつもりなんだけどな。


「別に違反するようなことはしてないッスよ?」

「ふむ、あやつのところへ行ったか」


 師匠はすぐにぴんときたようだった。うまくいけばまた小遣い稼ぎが出来そうだと思い、話さずに済ませようとしたけれど、分かってしまった以上はそうもいかないか。


「……そ。魔力そのものが売れるっていうから金に換えてきたんだよ」


 ばあさんは俺の話を聞くと、煙草をふかしながら一度店に引っ込み、奥から丸い水晶をひとつ持ってきた。見ただけで分かった。表に並べてあるような水晶とは何かが違うと。

 そうして、ばあさんは水晶を差し出すと、薄く笑みを浮かべて言ったのだ。


『ならば魔力を売れば良い』

「なぁ、どうして今まで教えてくれなかったんだ? 魔力が売り物になるって」

「薄々、気付いておるのではないか?」


 あの時、一瞬だけ嫌な予感はした。金が必要なのも事実だったから、目をつぶったのだ。


『お代は、これくらいかね』


 ばあさんは予想以上のコインを俺の手に落とした。今もポケットの中でこすれ合って微かな音を立てている。温かいものでも腹に入れたくなったのは、魔力を失ったせいだけではないはずだった。

 師匠は再度軽く息を吐くと、「久しぶりに講義でもしてやるかのう」と呟いた。


「考えてもみよ。魔力の取引きが平然と横行したら、どんなことが起こるのか」

「人さらい、とか?」

「そうじゃ。魔力には様々な活用法があり、強い魔力を持つ人間は生きているだけで魅力的な商品になる。買うより奪う方が楽だと考える輩が現れるのは、当然のことよ」


 商品。人を人と思わない連中は、この世に腐るほど存在する。そんな奴らに捕まったら。


「じゃからこそ、魔力を込める品も技も、許可を得た者にしか扱えないように法で厳しく決められておる」


 そこらの怪談話よりずっと恐ろしい話だ。師匠自身、まさにその筆頭にあがるはずなのに、よくサラッと口にしてしまえるものだと思う。


「何人が手を出して悲劇を生んだか知れん。その阿呆どもも、すべからく生きているのが嫌になるほどの罰を受けたがのう」

「店が増えないの、そのせいだったんだな」


 正直、知りたくなかった。当然、師匠も「魔力を売るのはやめておけ」と釘をさしてくると思っていた、のだが。


「本当に切羽詰まった時の手段にしておけ」

「へっ? 禁止じゃなくて?」

「あの店は信頼できるからの。じゃが、お主の貴重な魔力をみすみすくれてやるのはシャクじゃ」


 師匠は人差し指をびしぃっと俺に突きつけ、唾を飛ばす勢いで宣言した。


「お主は、わ・し・の・弟・子、じゃからな! 誰にもやらぬぞ!」

「結局そこかよ!」


 馬鹿の一つ覚えみたいに連呼しやがって。他に言うことはないのか。


「ただでさえ先の一件で訓練が遅れておるのじゃ。金銭如きで魔力を使うなど、やはり許せるものではないわっ」


 わぁ、なんかスイッチ入ったっぽい。長引くかも。さっきまでの重い空気はどこに行ったんだ? シリアスなムード、頼むから帰ってきてくれっ!


《終》

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