第8話 ひとときの居候

 がちゃがちゃ! けたたましい音を立てて、鎧を着込んだ体躯が剣と共に地面に倒れこむ。


「はいつぎ―」


 キーマが覇気のない声で指示すると、控えていた見習い数人が走り、伏したまま動かなくなった仲間を運んできた。


「んじゃ、よろしく」

「またかよ」


 俺はげんなりしながら、汗臭いそいつの服を引き剥がし、痛めた箇所を探り当てて治癒術をかけてやる。

 剣の刃は潰してあるから、せいぜい鈍器で殴られた程度の損傷だ。ん、それでも十分痛いって? 斬られてみれば百倍はマシだと気付くだろうよ。


「後はその辺に転がしておいてくれ」


 すでに周囲は転がした連中だらけなので、適当な場所を指定して移動させる。


「ぐはっ」


 そうこうしているうちに、またも別の奴が訓練途中でやられて意識を失った。キーマが再び面倒くさそうに「はいつぎー」と指示して俺の前にそれを寄越す。


「んじゃ、よろしく」

「お前ら少しは加減しろ!」



 例の薬の一件以降、俺はリーゼイ師範のところへ通う日々を送っていた。師匠がしょっちゅう「帰って来い」と伝言や手紙を送っては来るけれど、絶賛無視の真っ最中である。


 ココにあのじいさんの相手を一人でさせるのは気が引けるし、夜の訓練にも連れていけてやれないから申し訳ないのだが、男には戦わなきゃならない時ってのがあるのだ。


 ……話を戻そう。剣士組の訓練プログラムは、当然の如く体力作りがメインだ。

 早朝から魔導士と一緒に走り込み、一端別れて素振り等の訓練の後、再び合流して講義室で勉強。昼食を取ったら午後も戦いのイロハを教わる時間が待っている。


「これだったら参加した方がマシだったぜ」


 驚きだったのは、師範が俺に任せた仕事内容だ。てっきりコキ使われるかと思っていたのに、フタを開けてみれば「怪我人の治療」。一度は肩すかしを食らった。しかし、これがなかなかのクセモノだった。


「ああっ」

「はいつぎー」

「何この流れ作業っ」


 医務室まで運んで治すところを、その場で診て貰えるとあって、見習い達は一切の加減なしでやりあっているのだ。

 威勢よく叫んで斬りかかってはいるものの、見習い達はまだまだ剣に振られている時期。重いものを腰にさした状態で動き回るのがやっとの段階で、剣を振り回せば生傷が絶えなくて当たり前だ。


「いやぁ、今日も満員御礼だねぇ」


 隣に立って見張るキーマが、死屍累々と横たわる者達を眺めて笑みを浮かべた。全員、俺が治して転がした連中で、目を覚ましたら仲間の運搬係に早変わりする。


「半分くらいはお前が注意しないせいだろうが!」

「治せるんだから思い切りやればいいんじゃない?」

「面倒くさいだけだろっ」


 今はちょうど師範が席を外していて、屋外訓練場には見習いと俺達だけだった。

 キーマはこれでもやりすぎないように見る係で、俺が救護係。椅子に座って延々と眺めては、次々運ばれてくる怪我人の治療をするのである。


「にしても、こんなに治癒術を使ったのはいつ振りだろうな? 詠唱し過ぎて術が口の中とか指先に残ってる気がするぜ」

「でもヤルンが出張ると、それこそ全員を治療する羽目になるだけだと思うけど、やる?」

「うっ。……もっと暴れられると思ったんだけどなぁ」


 戦闘となれば、魔術だけで切り抜けられる場面ばかりとは限らない。そのため、魔導士であっても一通りの体術や武器の扱いは教わる。

 加えて、俺はずっと剣の鍛錬をしてきた。その剣の持ち主であるキーマが止めるのだから、断言できてしまう。確実に劣る相手を何人倒したって、気分が悪くなるだけだということを。


「ヤルンに暴れられたらお城が壊れちゃうしねぇ」

「なんで剣の訓練で城が壊れるんだよ。人を広域破壊兵器みたいに言うなっつの」

「え、自覚ないの?」


 馬鹿野郎の後頭部を、その辺に転がっている見習いの肩当てで殴っておくことにする。



 時間は淡々と流れた。

 相変わらずガキ共は身の丈に合わない刃物を持て余し、捻挫し、骨折し、吐血する。おいおい、段々と地面が赤く染まってきたぞ……。

 とにかくその度に応急処置を施してから地べたに寝かせ、手に余る者は医務室送りにした。どんどん来るのに全部見てられるか!


「まったく、今年の見習いは命知らずばっかりだな。マジで最後の一人になるまでやるのかよ」


 最初は大人数でやりあっていた訓練場も、いつの間にやら残るは数人のみ。結局、全員の面倒を見るんじゃないか。呆れてキーマを見上げれば、「いやぁ」と頬をぽりぽり掻いていた。


「師範が戻ってきたら終わろうと思ってたんだけど、いつまでも戻ってこないから止めるタイミング逃した」

「どアホ!!」


 でも、ここで終了では勝ち残り組は納得しないだろう。あともう数分で誰が一番強いのかが決まるのだ。止められたら、俺だったら確実に暴れる。であれば、行き着く結論はひとつしかない。なるようになれだ。


「怒られるの、お前だからな」

「えー、一蓮托生でしょうが」

「なんでだよ。こっちはちゃんと仕事したっつの」


 何十人を治療したか、途中で数えるのはやめてしまった。剣士には簡単に見えるのだろうが、治癒術だって酷使すれば当然疲れる。労われっつの。


「魔力もだいぶ使ったしな」

「ええ? 嘘くさいなー。本当は無尽蔵なんじゃないの?」

「ははは。残る全てをお前に叩き込んでやろうか」


 半ば本気でそう言った瞬間に、ずずん! と一人が倒れ、返す刀でもう一人が倒れる。


「おっ、あいつは骨がありそうじゃないか」


 少し前から、「そいつ」のことは気になっていた。オレンジの派手な髪色を、地味な兜の隙間から覗かせるその見習い剣士は、周囲とは動きが違うせいで際立って見える。


「あぁ、入った時から雰囲気が違ってたかな。今のところ頭一つ抜けてるよ」


 今も立ち向かってきた相手の攻撃をあっさりとかわし、脇腹へ一撃をくらわせて落とした。呼吸にも乱れがなく、武器への「慣れ」を感じさせる。


「どこかの坊ちゃんか?」


 見習いで剣を迷いなく振るとなれば、貴族の出である可能性が高い。ピンと伸びた背筋も、どこぞの流派に則った姿勢を醸し出している。


「なんか、結果は最初から決まってたっぽいな」


 佇まいがどことなくキーマに似ているなと思った。あいつにも剣を扱うセンスがあるのだろう。羨ましい。ぼんやりとそんなことを考えていたら、後ろからキーマ本人に呼びかけられた。


「ねぇ、師範がやっと戻ってきたよ。何か叫んでるみたいだけど……?」

「げっ!」


 俺は振り返って目を剥いた。お前は何を呑気に手を振り返してるんだ。師範の顔、鬼みたいになってんぞ!


《続》

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