第6話 お片付けと七不思議・前編

 助手になると、やたら訪れる頻度の高くなる場所が幾つかある。最初に挙がるのは教官室だ。連絡役や書類の整理、必要なものを届けたりする仕事がわんさと待っている。


 俺とココが任命される前にも、師匠は人を雇っていたことがあるみたいで、その辺の兵士から適当に見繕って「お手伝い」にしていたらしい。

 選んだ理由が「暇そうだったから」というのは、かなり同情に値するが、タダ働きではなかったようだから良い、のか?


「ほれ、この書を書庫に戻しておいてくれ」


 でもって、次に挙がるのが教官それぞれに割り当てられた研究室である。師匠の研究室は、入るたびに苔でも生えているんじゃないかと疑いたくなる、独特の臭いに出迎えられる。


「げっ、なんだこの量」


 部屋の両サイドに陣取る棚には、古書やビンに入った粉に液体、何に使うのか分からない怪しげな道具が雑然と並ぶ。突然爆発したりしないだろうな。


「また随分と溜め込まれましたね……」


 俺とココは二人揃って絶句した。なんでもなさそうな口ぶりで師匠は言うものの、その量は尋常じゃない。本はちょっと触れただけで雪崩を起こしそうな勢いで積み上げられていた。


「ちょっと待て。一昨日まではこんなじゃなかっただろ、いつ増えたんだよ!?」


 ありえない。確かに、以前来たときは、この部屋にしては普通だった。それがどうやったら数日と経たずにこんな状態に!?


「一昨日まで違っておったのなら、それ以降に決まっておろうが。なんじゃ、これくらいのものも運べんのか、軟弱じゃのう」

「誰が軟弱だっ。違ェよ、論点をずらすな!」

「まぁまぁ。二人ならなんとかなりますよ。頑張りましょう?」


 ココが宥めてくる。だから違うって、頑張るとか以前の問題!


「ふむ。ココよ、お主を第一助手に格上げしようかのう」

「本当ですか? では、お茶でも淹れちゃいますね」

「おお、気が利くのう」


 そこ和むな。本当にお茶の準備を始めるなっ。……はぁ。毎日がこんな調子で、おかげで俺のツッコミスキルは上がる一方だ。

 話を戻そうか。さっき言った「お手伝い」と、俺達「助手」には、決定的に違うところがある。助手には一定の知識と技術が求められるという点だ。


 現に今、俺達の目の前に山と積まれている本を持っていく先である書庫にも、見習いや一般兵には入れない区域がある。あと、重要な研究材料の運搬なんかも、お手伝いには頼めない。


「仕方ないな。そんじゃ、ちゃっちゃと終わらせるか」


 コキコキと首を回して言うと、お茶をしっかり淹れ終って、師匠と談笑していたココが真剣な顔に戻って頷いた。


『見えざる手よ、彼らの支えとなれ』


 彼女の清らかな声に応え、視覚では捉えられない力が本の山をガッチリ固定する。

 先にこの作業をしておかないと、間違いなく三人とも本に埋もれて圧死するからな。あー、でもじいさんだけはちゃっかり助かりそうな気がする。


『声持たぬ者達に、今ひと時の活力を与えん』


 今度は俺の番だ。唱えて手を振ると、古ぼけた革表紙の本が上から一冊ずつふわりと浮かんで俺とココの腕に数冊ずつ収まった。

 抱えきれない残りの本には後ろを付いてくるように命じ、ココが固定化の術を応用して綺麗に整列させる。もう何度もやった作業だから慣れたものだ。


「行ってキマース」

「任せたぞー」


 適当感溢れる声を背中に受けて歩き出せば、ずらっと並んだ本も細長い廊下をふよふよと付いてくる。よし、大丈夫だな。


「なんだか、水鳥の親子みたいですね」


 うっ、思ってたけど恥ずかしくて言わなかったことを!



 時間的に通路は空いていて、行列を衆目に晒さずに済んだ俺達は、ぎぃっと鳴らして書庫の戸を開けた。周囲が研究室と同じくらい、むっとした臭いに包まれる。


「誰か定期的に掃除でもしてくれれば良いのにな」

「そうですね……」


 ここは重要な部屋の割に管理者がいない。さっき言った「お手伝い」の例と同じで、そこらの人間では触れないものだらけだから、ってのも理由の一つだろう。


「人を置こうとすると、人件費がかかるだろうなぁ」

「その分、防犯に予算を割いているのでは?」


 確かに。管理人がいないとなれば盗難を心配されそうだが、その辺は抜かりがない。部屋全体に細かく術が仕込まれているからだ。

 まず通り抜けた入口に一つ。出入りする本と人間をチェックする術がある。「書庫の本か」と、「入る資格を持った者か」を同時に識別し、違っていれば弾くスグレモノだ。


 まぁここのチェックは甘くて、見習いだろうが給仕係だろうが、城の人間ならば誰でも通してしまう。城内の本という本は種類を問わず全部ここに押し込まれているせいだ。


「そういや、昔ここで本の下敷きになったんだよな」

「その話なら私もキーマさんから聞きました。大変だったんでしょう?」

「まーな」


 マジで潰されかけたもんな。しばらく記憶が飛んでたくらいだし。


「もし魔導士以外立ち入り禁止だったら、あの時も見つけて貰えなかったかもしれないってことだよな」


 そう考えると結構ピンチだったんじゃないだろうか。うぇ、怖くなってきたぞ。


「さてと、この本はどこから持ってきたんだ?」


 頭を切り替え、俺達は奥へ進んでいく。書庫は手前は明るく、奥に行くほど薄暗い。そしてやけに広いことを、助手になってから初めて知った。


「ここって、外観と中が違うような気がしますよね」


 窓は奥にもあるはずなのに、明度がどんどん落ちるのも変だ。きっと部屋そのものに、まだ教わっていない未知の魔術が使われているのだろう。


「それより城の中で迷子なんて恥ずかしすぎるから、そっちの回避に全力を尽くそうぜ」

「そうですね」


 一般書のコーナーを過ぎた途端、次の魔術が発動したのを感じた。ここから先が助手以上の魔導士しか入れない区域になる。


「入る度にヒヤヒヤするよな」

「何事もないと分かっていても、緊張しますよね」


 置かれているのは、危険な魔術について記したものや貴重な薬の調合法など、情報だけで値が付く類の本ばかり。

 扱いに注意が必要な分、保管も厳重だ。許可のない者が手を伸ばせば罠が発動して侵入者を撃退すると聞く。師匠の机の引き出しみたいなもんだな。


「ったく。こんな大事な本を何十冊も持ち出しやがって。何かあったらどーすんだ」


 戻すべき棚を見つけ、託された本を一冊ずつ慎重に置いていく。途中で本自体に魔術がかけられていることに気付いたりするから、ずっと緊張しっぱなしだった。

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