第5話 命がけの攻防・後編

「お二人とも、あの時は大変でしたね」


 ココが紅茶を淹れながら言った。今いるのは俺の部屋で、お決まりの三人組は助手になったばかりの頃の話に花を咲かせていた。

 外からはさんさんと照る太陽。暖かいお茶が漂わせるいい香り。なんて平和で幸せな休日の昼下がりだろう。


「師匠達が会議で良かったなー」


 昨日までの、資料作りのための徹夜続きだった日々は忘れることにして。


「だねぇ」

「お前はもっと反省しろっ!」


 俺はキーマの後頭部を思い切り平手打ち、すると痛いので、盆で殴る。ばちーん! あぁ、なんて清々しい音か。


「痛っ!」

「あらあら、お盆大丈夫ですか?」

「心配するのそっち? あいたた」


 あの後どうなったかというと、一言で言えば命がけの攻防戦だった。5分から10分近くはやりあっていただろうか。

 こちらは必死になってキーマを地に鎮めようと魔術を打ちまくり、向こうはそれらを常識はずれの動きでかわして攻めてくる。思い出してみると、魔術をなんの変哲もないナイフで切り裂いてきた気がするぞ……?


 助けは早々に諦めた。教官の助手クラスの争いを止めるには、それ以上の実力か人数が必要だ。そんな役を買って出ようという物好きが、周囲に気前よく転がっているとはとても思えなかった。


『はぁはぁ』


 互いにそれなりに傷つき、魔力や体力の消耗も限界というところになって、ようやく騒ぎを聞きつけた師匠が割って入って事なきを得たのだった。

 ……ん? いや、得てないぞ。両方とも吹っ飛ばされたんだった。ゴリ押し解決しただけだったわ。


「俺もお前も、冗談抜きで死にかけたんだぞ」


 二人だけじゃない。巻き添えをくって怪我人も出したし、建物もあちこち壊してしまい、事態の収拾にかなり苦労したものだ。


「そうだったかなぁ」


 それなのに、事件を起こした張本人であるキーマは、首をしきりに捻っている。直後に判明したことだが、なんと当の本人には記憶がないというのだから、本当に驚かされた。

 誰かに操られた形跡もなし。恐るべきことに、軍医の下した診断は「ストレスのため過ぎ」。俺の顎が落ちなかったのは奇跡としか言いようがない。


「でも、師範てば何回か遅刻しただけでクビだって言うんだよ。酷くない?」

「……」


 沈黙が降りる。どこから突っ込もうか、考えかけてやめにする。果てしなく無駄な時間だ。それより、もっと大事なことを思い出した。あの時の一番の功労者だ。


「ココの一言が事件を解決したんだったよな」


 彼女はふふっと笑い、「大したことは何も」と首を振る。思い付いたことを言っただけだと。

 事件直後、医務室のベッドに二人並んで寝かされていた間、頭の中を巡っていたのが、「キーマを起こす方法」だった。


 一戦交えてスッキリしたのか、目を覚ましたキーマはいつもの呑気な奴に戻っていた。でも、課題をクリアしなきゃ同じことの繰り返しだ。あんな目に合うのは二度と御免である。


『お二人とも、大丈夫ですか?』


 そんな時、俺に素晴らしいアイデアをくれたのが、花を持ってお見舞いに来てくれたココだった。「臨時休暇だー」と惰眠を貪る馬鹿を尻目に、ひとり悩んでいた俺の話を聞いた彼女は、人差し指を立てて微笑んだ。


『なら、こういうのはどうでしょうか?』

「壁越しに魔術をかけるなんて、思いもしなかったぜ」


 発想の逆転だ。城の周辺には魔術による防御結界が展開されているが、それは別に城内の魔術を阻害するものではない。

 要するに、単なる壁一枚に術を防ぐ能力はないってこと。ずっと、部屋に入るには扉をどうにかしなければ、とばかり思い込んでいた俺には衝撃的な事実だった。……アホ過ぎて泣ける。


「さすがはココ。盲点だったよねぇ」


 翌日の朝に早速試してみたら、気付け術はあっさり機能し、隣の部屋からキーマの起きる声や音が聞こえてきた。目の前の人間にかけるよりは加減が難しくても、扉を攻略するより100倍は楽だった。

 こうして、才女のおかげで事件は電撃解決。三人でお茶を楽しめるってのは、やっぱ良いもんだ。が、俺には一つだけ気になっていることがあった。


「どうかしました?」

「あのさ、俺……いつまでキーマを起こし続けなきゃいけないんだ?」


 出会ってから数年、こうして一緒に居続けているから世話を焼いてしまっているけれど、この茶番はいつまで続くのか。

 うんざりした顔で問いかけると、ココは苦笑し、キーマは平然とした様子で紅茶をすすった。その女子ウケしそうな優雅な仕草がムカつく。ふぅと一息つき、言った。


「そりゃあ、遅刻しても怒られなくなるまでだね」

「どんな壮大な計画だそれ!」


 実は誰よりもデカい夢の持ち主だったことが判明した。


《終》

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