第4話 裏の世界・後編
殴られていたヤツにも逃げ出すチャンスはやったのだし、本業も今は非番だ。確実に助けなくたって恨まれる筋合いもない。
「なぁ兄貴、こいつ頭悪いんじゃないスかね」
絶対に言われたくない相手に、絶対に言われたくないことを口走られる。ひょろひょろ君よ、その憐みを含んだ表情は許せん。絞り上げてやろうか。
「あぁ、優しく言ってやったのに、通じないみたいだな」
巨漢が同意する。畜生、めちゃくちゃ悔しいぞ。俺がどれだけ歯ぎしりをしながら耐えているかも知らないで言いたい放題……!
押し問答から頭を切り替えたらしいリーダーが、そのぶっとい腕を振り上げた。話して分からないなら、痛めつけて荷物を奪ってしまおうってハラらしい。
「チッ」
口の中だけで舌打ちして、俺は姿勢を低く取る。荷物に衝撃を加えさせるわけにはいかない。これから繰り出されるであろう一撃を後ろへ飛んでかわし、その後は……その後で考える!
「ヤルン、何をしておる」
「へっ? わわっ」
静かな怒りを孕んだ声に、思わず落としそうになった荷物を寸でのところで抱え込み直した。幸い、拳も飛んで来なかった。連中も見知らぬ人物の登場に気を取られたのだろう。
「しっ、師匠!?」
誰だか分かっていても、驚きが口から出るのを止められなかった。だって、お使いを頼んだ張本人が、こんなタイミングで現れるなんて思うか?
「何時間待たせれば気が済むのじゃ。さっさと帰って来いと言うたじゃろうが」
うわー、睨んでる。皺もいつもの3割増しだ。時間がかかったのはアンタがこんなに頼むからだろ、という文句は状況に相応しくないから呑み込んでおく。
「こんなところで油を売りおって。
「う」
ぐっと言葉に詰まり、呻く。確かに早く帰れと指示されたのは事実だ。最初からこんな争いに首を突っ込んでいる時間などなかった。
「うー、じゃあどうしたら良かったんスか」
言い訳をぶつぶつ呟く合間に、ふと、後ろの気配の変化に気が付いた。振り返ると、すっかり忘れかけていたチンピラ共は、揃って顔を真っ白にさせていた。なんだ?
「おおおお、お前、や、ヤルンっていうのか?」
巨漢が超ドモりながら聞いてくる。心なしか震えている気もする。
「そーだけど?」
今は師匠の相手で忙しいのだ。放って置いて貰いたい。そんな苛立ちも込みで答えてやったら、全員がビクッと体を硬直させた。それからそわそわと落ち着きなく視線を交わす。
数秒後、ひょろひょろ君が弱々しい声で「もしかして、あの……?」と言った。あの、ってどのだ。なんだろう、この嫌な予感は。
とにかく、どうやら彼らは俺の素性が知りたいらしいと理解した。師匠に「良いスか?」と問えば、「なんでも構わんから早く片付けてしまえ」とのお達しを頂く。
お墨付きをゲットしたところで、そいつ等が知りたがっている内容を簡潔に教えてやった。俺の名前が間違いなくヤルンであることと、領主サマの城でこのじいさん……魔導師の助手をやっているということを。
「他に聞きたいことは?」
反応は顕著だった。白かった顔はみるみる青くなり、どす黒く変わって、再び白くなった。忙しい奴らだな。ただし、静かだと思ったのも数秒の間だった。今度は口ぐちに言い合い始めたのである。
「や、やっぱり噂のあいつっすよ、兄貴!」
「くそ、なんでこんな場所をウロついてるんだ!?」
「城に閉じ込められてるんじゃなかったのか!?」
「はあ?」
こんな場所って、ここは天下の往来……のちょっと外れなだけだし、閉じ込められてるって何だよ。猛獣か何かと勘違いしてるだろ、それ。
「ちょっと待てよ。俺はただのイチ魔導士だぞ。お前らみたいな人間に、そんな顔をされる理由なんか思いつかないっての!」
「嘘を付くなっ」
子分の一人が裏返った声で意味不明なことを叫ぶ。次いでリーダーが、のどから絞り出すようにして話し始めた。
「まさか、知らないのか? スウェルの裏界隈で、お前を知らないヤツは一人もいないぞ。曰く、気に入らない相手は無言で容赦なく吹き飛ばし、周囲諸共焼き尽くす。老人もガキもお構いなしの恐怖の塊。出会っても決して目を合わせるな。視線だけで命を吸い取られるぞ……」
「なんだそりゃ!?」
のけ反りそうになる体を無理やり押し留めた。自分で言ってておかしいって気付けよ。噂通りならお前らだってすでに死んでるはずだろうが!
「誰だそんな妄言吐いて回ってる元凶はっ! 今すぐ吐け、二度と喋れなくしてやる!!」
多分、見習いの頃のやらかしが原因だ。噂には尾ひれが付くのも経験上よく知っている。が、あまりに酷い、酷過ぎる!
感情のまま怒り狂ったら、「ひぃいいいぃ! 本物だー!」とぴったりユニゾンして路地の向こうに一目散に逃げ出しやがった。
「こら待てぇい!」
古今東西、待てと言われて待つ奴はいない。そういや蹴られていた方もいつの間にか消えていた。どうやら逃げ出せたようだ。
「師匠、荷物持って帰って貰えませんかね。この路地の掃除がしたいんで」
「駄目じゃ。また今度にせい」
腕を掴まれたわけでもないのに、体が後ろへ引っ張られる。ぶつぶつと呪詛を吐き続ける俺を魔術で捕まえて、師匠は城へ向かって歩き始めた。
てか、「今度にせい」って、裏社会への殴り込み自体は別に良いんだな。師匠の術でずるずると引き摺られながら、俺は憂さ晴らしに噂話の殲滅計画を立てていた。
《終》
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