第3話 助手になって・後編

「んじゃ、次はこっちだな」


 気持ちを切り替え、ココに向かって両手を差し出すと、「はい」と頷き同じく手を差し出してきた。お次は「魔力循環」のレベルアップバージョンだ。

 以前は、自分の魔力を様々な属性の術に変化させから自分の中に戻す、という訓練をしていたが、今は違う。


「いいか?」

「どうぞ」


 意識を体の中心に持ってくると、合わせたかのように指先が温かくなる。その熱量に気を付けながら『風よ』と唱えれば、手のひらの上に小さな風が生まれる。なびいた髪が頬や額を打った。


『風よ』


 ココが囁き、手に同程度の風を生み出す。お互いにそれを確認してからそっと近づけ合った。――ビュウッと空を切る音がして、風が強まる。


「ぐっ」


 複数の魔術は混ぜると威力が跳ね上がる。それを暴れ出さないように二人で抑え込みながら一つにしていく作業は苦しくて、暑くもないのに汗が噴き出た。


「……はぁ、出来た」


 完成したのは、最初に生み出したものより一回り大きな風の塊だ。強い魔力の流れが感じられる。でも、ここで終わりじゃない。むしろこれからが本番だ。


 俺が息を吸ったのを見て、ココが呼吸を合わせてくる。手を手前に引き、分離するイメージを風の塊に送り込んだ。一つにした魔力を、再び二つに引きちぎるのだ。


「わっ」

「だ、大丈夫です!」


 二人で同じだけの力で引かなければ、風は安定を失う。まるで勝ち負けを決めてはいけない綱引きをしているみたいだ。

 この作業でもココの制御力は凄く助けになる。俺が緩めれば緩め、強めれば強めて均衡を保ってくれるのだ。もうココが先生でいいような気がしてきたな。


「っと!」


 危なっかしかったが、成功させられた。分離して二つになったそれを各々で受け取り、あとは魔力に戻して……。


「ヤルンさん、どうかしましたか?」


 魔力を抱えたままぴたりと止まってしまった俺に、ココがきょとんとした顔で首を傾げる。魔力循環の訓練を行うたびに自分はあることを思うのだが、彼女は何も感じないのだろうか?


「な、なんでもない」


 はっきり言葉にしたくなくて、目を逸らして口ごもる。その合間にも、ココは風を魔力に変換しなおして体に収めていた。


「なんでもない顔には見えませんよ?」


 固まっていても事態は解消しない。仕方なく俺も同様に収めると、それはほんのりと温かみがあった。


「……お主」


 始終を黙って見ていた師匠が突然声をかけてきて、びくりと俺の肩が跳ねる。な、何を言う気だ? まさか。


「ココの魔力を受け入れるのが恥ずかしいのか? 一丁前にマセおってからに」

「そ、それはっ!」


 ぎゃあああぁぁあ! 言った! すっぱりハッキリ言いやがったなくそじじいっ!


「えっ、あ、あの……」


 恥ずかしさと怒りで一気に頬が熱くなる。真っ赤になって焦る俺を見て、意識してしまったのか、ココもさっと顔を赤らめた。やめろ、居たたまれなくなるからやめてくれっ。

 師匠の大馬鹿野郎、どーすんだ、この空気!


「いざという時に備え、他者の魔力に体を慣らすのも、この訓練の意義の一つじゃぞ」


 そんな真面目に説明されても頭に入って来るか! とにかくこの場を逃げ出したい気持ちでいっぱいで、他には何も考えられない。


「き、今日はもうやめようぜ? 明日までには頭冷やしとくからさっ」


 言って椅子から立ち上がりかけたところで片腕を掴まれた。ココが耳まで真っ赤に染めながら、両手で、あらん限りの力で俺を引きとめている。


「お前だって嫌だろ? そ、そうだ。誰か他の相手を探すよ」


 苦し紛れに捻り出したセリフだったが、我ながら良い案だと思う。やはり、同性同士の方が気兼ねしなくて済む。代わりの相手を探すのに苦労するだろうが……。


「わ、私なら大丈夫ですからっ」


 そんな状態で「大丈夫」って言われても全然説得力ないぞ。


「俺達さ、何年も一緒にいるけど……もう17なんだぜ? 意識するなって言われても、無理だろ」


 言ってしまって後悔半分、もう半分は胸のつかえが取れた、すっきりした気分だった。どこかで言おうと考えていたことだ。せっかくの機会だし、全部言ってしまえ。


「もうすぐ成人する年だ。早ければ結婚する人だっているだろうよ。ココは貴族のお嬢さんなんだし、俺といつまでもこんなに近い距離でいるのはまずいと思う」


 必死に引き留めるココを見ていたら存外冷静になれて、抱えていた想いを全て吐き出した。


「絶対、放しません」


 納得して解放して貰えるかと思ったのに、俺の腕をガチガチに掴むココの手に、余計に力がこめられた。あれ? 睨んでる?


「やっと師匠せんせいに訓練して頂けることになったんです。私の夢の、大きな一歩なんです」


 うわ、なんか腕がギリギリ言ってる。痛い痛い。ヤバい、もしかして地雷踏み抜いた?


「成人? 知りません。結婚なんてもっと知りません。私にとって一番大事なのは、一流の魔導師になることですから」

「落ち着けって」


 彼女の瞳が怒りに満ちている。と思ったら、ぞわぞわとした感覚が背筋を這った。強い違和感に、俺は気付く。これ、魔力が流れ込んできてないか……!?


「こ、ココっ! 何してっ!?」


 慌てて押し返そうとするが、魔力の扱いはココの方が断然上手くて対抗出来ない。こういうものは単純な力押しではないのだ。


「恥ずかしいなら、恥ずかしくなくなるまでやれば良いだけです。そのうち慣れるはずです!」

「何、馬鹿なこと言って、やめろっ!」


 なんという根性論! 長い間傍にいて馴染んだ魔力は、大した反発もせず俺のうちを満たしていく。

 確かに恥ずかしいなんて言っていられない状況だけれど、そこはやはり他人の魔力だ。馴染んでいても不快感はあるし、ものには限度がある。


「待てって、もうこれ以上は無理っ」

「ココよ、あまりやり過ぎると許容量を超えるぞ」

「オイコラ、冷静に指摘してないでやめさせろよっ!」


 師匠の指摘でココが力を緩め、ふっと体が軽くなったのは一瞬だった。今度は流れが逆流し始める。……魔力が吸い取られてる! ココが俺の魔力だけを的確に選んで引っ張っているのだ。


「荒療治ではあるが、間違いではないからのう。訓練に支障がなければ、わしは構わん」

「鬼! 悪魔! 人でなし! ひいぃいっ、気持ち悪いっ、やめて、助けてーっ!」


 絶叫が室内はおろか廊下にまで木霊する。酷い拷問だった。



 結局、最後にはこれまで通りということになった。俺は少し目が覚めた心地だ。


『すす、すみませんでした!』


 ココは気持ちが落ち着いたところできちんと謝ってくれた。俺が他の誰かを訓練の相手に選べば、もう自分は参加出来なくなると思って必死だったらしい。

 想いは分かったし、謝罪も受け入れた。が、あの時はマジで死ぬかと思った。それだけは忘れないで欲しい。言えるのはそれだけである。


「常識よ、帰ってきてくれ……」


 果たしてそんなものは最初からあっただろうかと思いつつ、自分の部屋のベッドに突っ伏す。すると、キーマがやってきて特大の爆弾情報を投げ込んでくれた。


「ヤルン。ココと婚約したって噂が流れてるけど、本当?」

「はい拷問終わってませんでしたー!」


 この根も葉もない噂を消すのにどれだけ苦労したか。「筆舌に尽くし難い」とはこのことだった。


《終》

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