第3話 助手になって・中編
「げっほごっほ! うわっ、こりゃマジで面倒臭ぇな」
「あらら、お二人とも砂だらけですね」
師匠の第二助手として働くココは、日増しに大人っぽさを増し、今や美人魔導士として城の兵士達から人気の的である。キーマ情報によるとファンクラブがあったりするらしい。
本人は全くそういう方向に興味がないのか、屈託のない笑顔で「お洗濯にぴったりの、研究中の魔術があるんですけど、試してみます?」なんて言っている。
「やめとく」
ココが動くたびに、ふわっと濃い青のサラサラヘアーがなびく。こう、年齢的に可愛いと綺麗の合間くらいなのが、男連中に無謀な夢を抱かせるんだろうな。
なんか今日も良い匂いさせてるし……って、どこの色ボケ野郎だ俺は。騎士になるまでは恋愛などにウツツを抜かしてられるかっ。
「ヤルンさん? 本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だいじょーぶ!」
ようやく立った見習いの肩を、大声出しつつバシバシ叩く。「次は気を付けろよ」と先輩らしく告げて、念のため医務室に行くように指示して訓練に戻った。
変わったことといえばもう一つあった。
「ヤルンさん、行きましょう?」
「おー」
夕食を追えて部屋でのんびりしていると、弾んだ声がかかる。今日も「お迎え」が来たらしい。扉を開ければニコニコと上機嫌なココが立っていて、俺の腕をがっしり掴んで「さぁ早く早く」と急かしてくる。
「分かった。分かったから腕を引っ張るなって」
場面だけを見れば、宵の口に女の子が部屋にやって来て連れ出される、なんてドキドキするシチュエーションだろう。が、現実は甘くない。
「今日はどこだっけ?」
「訓練室ですよ」
そう、これから師匠との夜間訓練に向かうのだ。実は助手に任命されてから、ココも一緒に行うようになっていた。といっても、彼女は助手の仕事の一つとしてである。
ココの仕事は、俺の訓練のサポート? マネージャー? 要するに管理だ。だからその一環として、今のように迎えにもやって来る。
『ヤルンを決して逃がしてはならんぞ』
『分かりました』
超が付く真面目で、魔術大好き娘なココに、「夜間訓練」という褒美をチラつかせてマネージャー業務をさせるとどうなるか。
『ヤルンさん、お時間ですよ』
まず、どこにいても必ず迎えに来る。部屋はもちろん、食堂に居ようがどこかをウロついていようがお構いなし。城内に居る限りは、お得意の魔力感知で俺の居場所など一発でバレてしまう。
『失礼しますね』
それから、たまに行くのが面倒になって渋っていると、笑顔と掛け声の元に部屋の鍵を開けられる。
鍵は普通の鍵と魔術錠をかけてあるのだが、普通の鍵は師匠が手渡したスペアキーで、魔術錠に関してはココの方が
一回、着替え中に開けられたことがある。忘れたい。
「そんなに引っ張らなくても逃げやしねぇよ」
「これもお仕事ですから」
にべもない。本当に俺は訓練をサボったことなどない。というか、サボろうとすると師匠が捕まえに来ていたからサボれなかった。その役目がココに変わっただけとも言える。
まぁ、師匠のお迎えよりはテンションが上がるし、細々とした連絡や調整を一手に引き受けてくれるから助かってはいるのだが。
「失礼しまーす」
ココに引っ立てられてきたのは、教官室や研究室が並ぶ建物の一角に作られた訓練室だった。
室内は師匠が生み出した魔術の明かりで照らされている。広さは10人がゆったり座れるくらいの板張りで、高さは大人2人分程度。奥に窓があるものの、中が明るいためか向こうは真っ暗で星も見えなかった。
「来たか」
部屋には4人掛けのテーブルがあり、向かいに師匠が座り、手前に俺とココが腰を下ろす。
それにしても、またここで訓練させられることになるとは。見習いの時にも使っていたなと思い返して溜息をついてしまう。あの時は難題を前に一人で悪戦苦闘していたけれど、今は隣にココが座っている。不思議な気分だ。
「では始めようかのう」
「はい」
師匠の指示で、ココは懐からカードの束を取り出し、バラバラとさばく。それから俺の前に裏の状態で5枚並べて「どうぞ」と言った。
お決まりの、魔力感知の訓練である。最近はそのためのカードをココが管理しているのだ。
「あ、んー?」
俺は一番左端のカードに手をかざし、目を閉ざして唸る。どの属性が込められているのかを探るのだが、魔力は極薄、カードに触れるのもNG。しかも複数の属性が混ぜられたオマケ付き、……んなの分かるか!
「むずっ! これ難し過ぎねぇ? 知ってるだろ、苦手なんだってば」
「苦手だからこそ、訓練するんじゃありませんか」
ぐぬぬ、正論を吐きおってからに。ウチのマネージャーはスパルタ過ぎる。結局、最終的に5枚のうち、完全正解が2、半分正解が2で、あとの1枚はどうしても答えられなかった。
「なぁ。これ、なんだったんだ?」
その正体不明のカードを指さして問いかけると、ココは笑顔で「地水火風を混ぜた特製カードですよ」と応えた。
「あほかっ! どおりでぐちゃぐちゃしてると思った!」
カードをぶん投げて憤っていると、師匠が「まぁそんなものじゃろう」と髭を撫でる。どうせ師匠には答えも、失敗する結末も分かっていたんだろうな。はぁ。
「では交代ですね」
盛大に溜息をつき、今度は俺がカードをさばく。こうすることでココが込めた魔力を消し、代わりに俺が魔力を込めるのだ。可能な限り、パンに塗るジャムよりもずっと薄く伸ばしていく。
この作業も苦手だ。とにかく力任せにどんどん込めていけばいいなら得意なのだが、逆は難しい。これも俺にとっては制御訓練の一つなのである。
「出来ました!」
そして予想通りココは全問正解した。悔しいけれど、やはり緻密さにかけては彼女には遠く及ばない。このまま成長すれば、きっとファタリア騎士団の副長であるルイーズみたいな術者になるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます