第3話 助手になって・前編
師匠の手伝いをするようになって変わったのは、埃っぽい研究室や威圧感たっぷりの教官室へ出入りする機会が増えたことだけじゃない。
そこらの兵士よりは上の立場になったらしい俺は、スウェル城では教わる立場から教える立場へと変わった。毎年やってくる見習い達を訓練する側に回ったのだ。
「ほら、気合い入れろよー!」
でも、俺自身まだ修行中の身だし、教官連中の実力には程遠い。ガチ戦闘の指南なんて重要な役が押し付けられることはまずない。ガキのお守りが丁度良いってことだろう。
『お願いします!』
揃って声を張り上げ、ぺこりと頭を下げたそいつ等は、ぎこちない仕草で魔導書を構えた。まだ基礎の基礎を教わっている最中の、ドが付く素人達だ。
そのへっぴり腰を絵に描いたような有様に、思わず吹き出しかける。
「おいおい、そんなにビビってたら術なんか編めないぞー」
「うぅ」
「そんなこと言われても……」
俺より頭一つ分以上も背の小さな少年達は、泣きそうな顔で呻く。
正直言って、最初は訓練用の広場に立った瞬間、目の前の現実に
「とにかくやってみろって!」
そりゃあ、何もかもが初めてなのだから、足元が覚束ないのは当たり前だ。
そいつらは揃いも揃って渡されたばかりの重い魔導書を持て余し、構えを取ることで精いっぱい。呪文も噛んだり唱える順番が変わったりで、術の発動まで至らないケースも多かった。
「俺もこんな感じだったのかなぁ……」
そう思うと顔から火が出そうになる。いや、ここまでは酷くなかったはずだ。でなければ、師匠が「幼子がいきがっておるのう。元気があって結構結構」くらいに思っていたに違いないのだ。くうぅ!
「い、いきます!」
はしばみ色の短髪の見習いが宣言した。その顔には覚えがある。確か魔力は並で勉強もそこそこの、いわゆる「フツーの奴」だったと思う。
ちゃんと名前を覚えろって? 皆同じに見えるんだよ。人の顔や名前を覚えるのが相変わらず苦手な俺は、師匠くらい存在感あるヤツじゃなきゃ大抵忘れる。見習いだけで何人いると思ってるんだ。無理。
「え、えぇっと」
「いいぞ、とにかくやってみろって。唱えなきゃ始まらないだろ?」
「は、はい!」
見習いは風系や水系の術から教わる。この二つは大魔術でもない限り魔力消費が少なくて呪文も短めで、効果も治癒や補助系が多い。
何より、失敗した際に被害が小さくて済む。剣に負けず劣らず、魔術の訓練も生傷が絶えないからな。武術で最初に受け身を教わるようなものだ。
見習いはゆるゆると指先を前に向けると、たどたどしい口調で言い慣れない古代語を紡ぎ始める。
「えと……『絶えず、行きかうもの、この手に、宿りて』……」
びっくりするほど遅いが間違えずに唱えられている。成功すれば、手に風が集まってくるはず……よし、来た来た!
「今回はきちんと出来そうだな」
と、俺も口の中で万が一に備えて防御呪文を唱えつつ、片足を半歩後ろへずらす。
「う、うわっ!」
ところが、風が集まり始めた途端、見習いはその変化に驚いたのか、詠唱を途切れさせてしまった。オイオイ、ここまで来てそれかよ!
ぐわっと、空気の流れが膨れ上がるのを肌で感じた。発動途中で術を止めるなんていう芸当は、魔力の抑え込みに長けた玄人のやることだ。
俺もかつて経験したが、素人がそんな真似をやってしまうと、集めた力が四方へ飛び散る。属性に関わらず「爆発」するのだ。
「わあっ!?」
ちなみに今唱えていたのは風系の術だから、圧縮された空気の塊が破裂することになる。
『風よ、我と彼の者の盾となれ!』
間に合えと強く念じながら、俺は半端に用意しておいた防御術を発動させた。それも、直前までは自分だけに効果を指定していたものに、無理やりもう一人分を捻じ込んで。
一瞬後、二人は風の渦に巻き込まれた。
「馬鹿野郎が! 途中やめにするたぁどういう了見だ、あぁ!?」
げほげほと口の中に入り込んだ砂埃を吐きだしながら、上体だけを起こした態勢で怒鳴りつける。
「ず、ずびばぜんずびばぜん」
見習いは驚きで腰が抜けたのか、ぺたんと両膝を付き、魔導書を抱えながら必死に頭を下げている。声が変なのは半泣き状態なのと、砂を吸い込んだせいだ。
「死にてぇのか、それとも事故に見せかけて俺を殺すつもりだったのか?」
「ちっ、違います!」
物騒な物言いをすると、見習いは真っ青な顔で否定した。うん、知ってる。自分の力に怯えてしまっただけの、単なる事故だってな。
事実を言うと、見習いの術の威力などタカが知れている。俺が作り出した防御壁は一寸前に互いの周囲にキッチリ展開し、二人を衝撃から守ってくれたおかげで怪我もなし。
被害は砂を思いっきり巻き上げたくらいか。くそ、ローブの洗濯って面倒くさいんだぞ。……ま、ビビらせるのはこれくらいでいいか。危険性は十分思い知っただろう。
「あうぅう」
「怪我もないんだし、まずは落ち着けよ」
「はい……」
静かになったところで、本題を切り出した。一応、教えてやらなきゃいけない立場だからな。
「あのな、もっと冷静になれ。どうせお前が本気出したって、俺は絶対に喰らわないから」
「……はい」
力ない返事に、怯えるなよと浅く笑ってやる。
「これは訓練、練習だ。どんな道具も使ってみなきゃ分からないだろ。魔術も一緒なんだよ」
たとえば喧嘩で、誰かを殴ろうとした瞬間に寸止めしたくなることもある。でも、素人には難しい。大抵はそのまま勢いでぶん殴ってしまう。
「魔術も一緒だ。一度始めたら止まらないぜ? 周りの関係ないヤツまで巻き込んじまうところが、パンチよりよっぽどタチ悪いけどな」
恐怖を体験したばかりの見習いは、目元を赤く染めて周囲を見回した。突然の爆風に心配そうに見つめてくる仲間達が、涙に滲んだ瞳に映っている。
もしもに備えて、それぞれが離れて訓練をしていたから大事には至らなかったものの、もっと近ければ怪我人が出ていたかもしれない。俺だって、あの状況でもう一人庇わなければいけなかったらヤバかった。
「ヤルンさん、大丈夫ですかー?」
遠くから、別のヤツらの面倒を見ていたココが走り寄ってくる。
「おー、へーきへーき」
パンパンと全身から砂を叩き落としながら立ち上がる。霧状に広まって、服の中にまで入り込んでいることを知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます