第2話 師匠の提案と弟子の決意・後編
実際そういう場に遭遇したとして、運よくこちら側の増援が間に合えば良い。でも、もし逆だったら、他国の正規軍と正面切ってブチ当たる。その矢面に立てって?
「……冗談じゃないぜ。そんな重い役目、まだ背負い切れるわけがないだろ」
何年生き続けているのかサッパリ分からない老人は、「そこでじゃ」と例によってあのにやり笑いをして見せる。
「お主はそれでも騎士になりたいのじゃろう?」
「そうスけど、師匠は反対なんでしょ」
「そんなことは一言もいっておらんぞ」
「へ?」
どういう意味だ? 前にセクティア姫に声をかけられた時には、思い切り妨害してきたじゃないか。言動がちぐはぐだ。
「わしは、お主が魔術を極めさえすれば文句はない。自分で魔力の制御が出来るようになれば、多少は離れても問題ないじゃろう」
「ほ、本当に?」
「ただし、完全に逃がすつもりは毛頭ないがな」
その一言がなければ最高なのにな。でも、そこさえクリアすれば騎士になっても構わないのなら、頑張るだけだ。よーし、希望が見えてきた!
「これこれ、勝手に盛り上がるでない。まだ話は終わっておらぬぞ」
「ん? あぁ、そっか」
具体的なことは何も決まっていなかったな。というか、何を決めりゃ良いんだ?
「お主は常に『強くなる方法』を選び続けてきたじゃろう。今度もそうするかと聞いておるのじゃ」
「強くなる方法?」
各地で習うべき術はあらかた学び終え、あとはまたどこかへ旅に出るか、故郷でひたすら反復練習あるのみだと思い込んでいた俺に、師匠は更に上を目指せるすべがあると告げた。
「えー、胡散くさ、いでっ!」
ごすん。だから魔導書の角で殴るのやめろ! 本気で痛いんだぞ! 頭を抱えて屈みこむ頭上から「ほっほっほ」と笑い声が降ってくる。うおお、痛ぇ……!
「それで、どうするのかのう? 決めるのに時間が必要か?」
散々御託を並べておきながら、結局行きつく先はそこかよ。俺は涙が滲む瞳できっと睨みつけて、答えた。
「分かりきったこと聞くんじゃねぇよ」
その結果がこれだった。
「そこの書類を取ってくれ」
「はいはい。ってどれだよ。机の上、羊皮紙だらけじゃねぇか」
狭くてかび臭い部屋の中で、これこれと内容を教えて貰い、紙の山からガッサガッサと目的の物を見つけ出して手渡す。
「茶を淹れてくれ」
「はいはい。湯呑みくらい自分で洗っとけっつの」
流しには飲むだけ飲んで放置されたコップが数個、転がっている。それを洗って拭いて……、うわ、布巾汚っ! この間変えたばかりだろ。何をしたらこんなに汚れるんだよ。
「何か言うたかのう」
「イエ別ニ」
「む、インク壺がもう空になっておる。買ってきてくれ。金はそこの引き出しの一番下じゃ」
「何度も見たから知ってます」
引き出しは引き出しでも、本や書類に埋もれかけた教卓の引き出しだ。普通ならこんな場所に金品をしまっておいたら「盗んでくれ」と言っているのと同義だ。が、このじいさんの机が普通であるわけがない。
『守り手よ、ひとたびの許しを得ん。わが名はヤルン、汝が主に連なる者なり』
手をかざして唱えると、引き出しがすぅっと開いた。こうしないと、仕掛けられたトラップが発動して大変な目に遭うのだ。どうなるのかは語りたくない。
「ってきまーす」
手に必要な分だけの金を握り込んで、師匠の研究室から飛び出した。
ここはスウェル。でもって今出てきたのが城の中の一角に作られた、教官達にあてがわれた個室のひとつだ。俺が現在、頻繁に出入りしている場所でもある。
「はぁ」
説明するのも嫌になるが、師匠が突き付けた「もっと強くなる方法」とは、教官である師匠の助手になって働く、という意味だった。
確かにメリットはあった。仮にも教官助手ともなれば、給料が上がるし、これまでは触れることも叶わなかった高度な魔術書を読むことも出来る。
あとは教官の間近にいられるから、技術を盗むのにももってこいだ。
それから、周りから尊敬の眼差しで見つめられる。と思っていたら、俺が昔やらかした事件が半ば伝説と化しているせいもあると、キーマから知らされて落ち込んだ。
「頼むから忘れてくれよ。誰だ語り継いでるやつ!」
あぁ、あと、デメリットは助手だから師匠の手伝いをしなきゃならない点だな。まったく、人使いが荒いったらない。あれしろこれしろとウルサイし、凶暴性が増した気がする。いや、増した。
さて、この職に就いてからどれくらい経っただろう。共に過ごした同期生達についても軽く報告しておくと、ほとんどはスウェルの上級軍人におさまった。城内外の警備の中核を担っていくことになる。
いろんな理由で出て行った奴もいたが、人生はそれぞれだから仕方がない。
『えっ、ヤルンさん、そのお話本当ですか!? ぜひっ、ぜひ私も!!』
で、ココは、俺が師匠に交渉して、同じく助手として働いている。進路を決めてきた俺に、彼女は猛烈な勢いで食いついてきたのだ。
『駄目元で構いません。推薦、お願いします!』
当然だ。ココこそ、魔導師の中の魔導師になりたいと願う人間なのだ。魔力も十分に持ち合わせており、目標のためなら努力は惜しまない秀才でもある。
『い、一応、頼んでみる』
俺がその気迫に押され、首を縦に振っていなかったとしても、一人ででも突撃していただろう。なお、願いは割とあっさり受理された。師匠も彼女の熱意は認めていたし、助手は多い方が助かるそうだ。
そしてキーマ。……あいつはなんとリーゼイ師範の引き抜きで、そちらの助手になっていた。
『これでまたヤルン達と一緒にいられそうで良かったよ』
頭をかきながらへらへら笑っていたが、助手っていうより右腕っぽくね? 超羨ましいんですけど! と嫉妬の眼差しを送ると、師匠が拗ねるので我慢している。
そんなこんなで、俺達はもう17歳になっていた。多分明日も師匠にこき使われる一日なのだろうなと深いため息をつきながら、小銭片手に空を仰いだ。
《終》
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