第2話 師匠の提案と弟子の決意・前編
あれはまだファタリア王国に居た時だった。逗留の期限が近づいてきた頃、師匠は俺を自室に呼び出して単刀直入に聞いてきた。
「今後もわしに付いてくる気はあるな?」
「……解放してくれる気があったんスか?」
げんなりした顔で問いかけると、「ない」ときっぱり言われてしまった。じゃあ、なんでわざわざ聞いた。イジメか。
というか、ファタリアへ行っている間に、師匠がかつて予言した通り、俺の魔力は更に増えてしまっていた。その成長スピードに制御する力が追い付いていないので、今ここで放置されるとこちらが困る。
「これからわしらはスウェルへ帰還する。その後、お主をどうしようかと思うてのう」
「その後? どうせまたスウェルで仕事をやらされるんじゃないんスか?」
てっきりそう思い込んでいた。だって、そのための「兵役」だろう。国も、だからこそ貴重な税金を割いて若者を教育するわけだしな。俺達はいわゆる留学生で、一般兵よりも多くの金がつぎ込まれているはずだ。
「それもこれも全部、一定水準以上の兵士を育てるためでしょう?」
兵士長や教官になったり、現場の指揮を執る立場になっていくのだと勝手に想像しているのだが、違うのだろうか?
特にスウェルは国境の町だ。長年、平和を享受してきたけれど、国同士の関係とはいつ決裂してもおかしくない薄氷のようなもの。
ひとたび戦争状態に突入すれば、あの町はたちまち前線基地になる。そして、その時のために蓄えている戦力が「俺達」のはずである。多分。
「まぁ、大まかには間違ってはおらぬ。確かに有事の際には要として、最前線に送り込まれるか、国境線を命がけで守る役目を担わされるじゃろうな」
「う」
え、もうその辺まできてんのか?
「まさか。そこまで強くないっスよ? せいぜいお手伝い程度しか役に立たないんじゃあ」
上には上がいると知ったばかりだ。ファタリア国の騎士団長と、その右腕に見せつけられた強さは、言葉で簡単に言い表せるものじゃなかった。
訓練でも惨敗だったのに、あんなの相手に本気で命のやり取りをしろだなんて、「捨て駒」扱いだろう。
「ふん、今更慌てても無駄じゃぞ。お主らが選び取った選択の結果だからのう。思いもしなかったとは言うまい?」
どちらだろう。師匠の言う通りなのか、それとも目を背けてきたのか。
「これまで何度も岐路はあった。そうじゃろう」
最初は見習いを脱した時。次に、旅をしてユニラテラ王都で訓練を終えた時。そして、スウェルに戻った時だ。
「ユニラテラでは職業の自由が認められていて、最低限の兵役を終えれば好きな職に就いて良いことになっておる」
師匠は一息ついて続けた。
「お主は商家の生まれであったな。次男で家を継ぐことは出来ずとも、別の道をご両親は用意しておったのではないか?」
幼い頃から先に生まれたというだけの理由で兄に全てを奪われた気になっていたが、今では理解している。兄を周囲がちやほやしていたのは事実でも、親は俺のことだって案じてくれていた。
俺がその手を跳ね付けただけだ。強くなって、騎士になるという夢を叶えたかったから。
「まぁ、わしもお主を引き留めてきたのじゃから、お主ばかりを責めるつもりはない」
……うん、ちょっと待とうか。無駄にしんみりしちまってたけど、半分、いや9割方、このじいさんのせいじゃねぇかな?
「もしも、俺がどこかで兵士やめて商人か何かになるって言い出してたら、師匠はどうしてたんスか?」
「無論、止めたじゃろうな。魔術を極めるには、兵士でいるのが手っ取り早いからのう」
「具体的には? 少々言われたくらいじゃ、俺は止まらないっスよ」
「ならば、あらゆる手段を用いることになろうの」
怖ぇわ! 何さらっと暴言吐いてんだよ。まさかウチの家族を邪魔だと判断して消したりしないだろうな? 人質? 俺って人質取られてんの!?
「そ、それでもやめたら?」
聞かない方が良い予感はしていたが、聞かずにはいられなかった。好奇心は猫をも殺すのだ。
「わしも退役して、お主についていくしかないな」
「うええっ、ついてくんのかよ!?」
ドン引きしていると、師匠は「仕方あるまい」と腕を組んだ。
「お主以上の魔力の持ち主を新たに探すより、余程現実的じゃからのう。そんなに望むのであれば、魔導商人でも魔導漁師でも魔導料理人でも魔導職人でも、なんにでもしてやろうではないか」
「選択肢があるようでないッ」
魔導師じゃなくて詐欺師だ。結局のところ、どこまでも追いかけてくることが分かっただけじゃないか。こんな大っぴらなストーカーも珍しい。まだ本題が片付いていないのに、どっと疲れてきたぜ。
「一つ聞きたかったんスけど、魔力さえ高ければ良いんだったら、別に俺じゃなくても他に適任者がいるでしょ。ココなんて、ずっと師匠に教わりたいって言ってるのに」
ココの方が覚えも早いし、制御も上手いし、なにより魔術を学びたいという熱意がある。理想の弟子ではないか。しかし、師匠は首を横に振った。
「確かに魔力は多いが、まだ足りぬ」
「え」
「わしの教えた全ての魔術を、使って使って使いまくって尚且つ余りあるほどの魔力がなければならん」
「もうそれ人間じゃねぇからな! つか、俺は最終的に何にされちまう予定!?」
「あと面白みが足らん」
「弟子は暇潰しの道具じゃないッ! もう嫌だ、帰ります。話はまた今度ってことで」
もう完全に疲れきってしまい、背を向けて去ろうとすると、師匠はゴホンと咳払いをして「少し話を戻すかの」と誤魔化した。ちぇー、ドサクサ紛れに帰ろうと思ったのに。
「知っておけ。それだけの経験を積みつつあると、国から見なされておるということをの」
急に真面目な話をされても頭が切り替わらない。なんの話をしていたんだっけ?
「戦争になれば当然、正規軍が出張る。が、国の中枢たる近衛騎士団がいるのは王都じゃ」
そうだ、俺の今後の進路に絡んで、戦争がどうのという重い話をしていたのだ。
「正規軍が投入されるまで、門を守り、敵の動向・状況を探りながら侵入者を撃退するのはスウェル軍以外に有り得ぬ。1日や2日ではないぞ。増援が到着するまでの間、ずっと持ちこたえ続けねばならん」
恐ろしい話だった。単に想像して身震いがするってんじゃない。
師匠はおそらく戦場に身を置いたことがある人間で、言葉に経験者にしか分からない苦渋が滲み出ているからこそ、こちらを圧倒するのだ。
「城に詰めている兵は応戦しながら民を逃がすので手いっぱいになる。そんな、見習いにも振れる仕事をおぬし等に任せると思うか? つまりはそういうことじゃ」
師匠の一言が、容赦なく心を抉る。
あちこち放浪しつつも、ずっと籍だけは置き続けてきたスウェルという地と、その軍に所属しているという意味が、実感を伴って押し寄せてきた。
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